このレポートは、NoMaps2019 10月16日に札幌駅前通地下歩行空間(チ・カ・ホ)にて開催された
「どうなる?未来の私たちの介護 ~介護業界の今を知り、10年後の介護を考える~」の完全書き起こしレポートです。
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司会(谷口):地下歩行空間にお越しの皆さま、こんにちは。この後間もなく、こちらのステージではトークセッションを開始いたします。今回のトークセッションは「どうなる?未来の私たちの介護~介護業界の今を知り、10年後の介護を考える~」です。超高齢社会が到来しまして、介護・福祉分野の重要性が年々高まっていくと同時に、社会全体で人材不足が深刻化してきております。ここにお集まりの皆さまにとっても決して他人事ではない問題かと思います。このトークセッションを通じて、10年後の介護・福祉について考えてまいりたいと思います。よろしければここにお集まりの皆さまのご意見もお聞かせいただければと思いますので、よろしくお願い致します。
既にご登壇いただいておりますので、皆さまにつきましてお名前と役職のみご紹介させていただきます。左手側より、本日の進行も務めていただきます北海道大学大学院保健科学研究院教授・小笠原克彦さん、小樽商科大学ビジネススクール准教授・藤原健祐さん、福祉生協イリス理事長・小松徹人さん、同じく福祉生協イリス専務理事・柿原尚美さん、株式会社セラフ代表取締役・玉森一充さんです。それでは、ここからの進行は小笠原先生にお任せ致します。どうぞよろしくお願い致します。
●小笠原:本日、モデレーターを務めさせていただきます北海道大学大学院保健科学研究院の小笠原でございます。よろしくお願いします。専門は医療情報学、医療政策、医療経済学でして、データやICT(情報通信技術)を使って医療や介護をよくしていくための研究をしております。それでは、ご登壇されている皆様に簡単に自己紹介をお願いいたします。
○藤原:小樽商科大学准教授の藤原健祐と申します。北海道大学の小笠原先生のところで医療経済、医療政策を研究し、北海道大学の特任助教のときにはこちらのイリスさん、セラフさんと一緒に介護の情報化に関わる研究をさせていただきました。7月から、小樽商科大学ビジネススクールで医療に関わるマネジメントの講義を担当しています。どうぞよろしくお願い致します。
▲小松:福祉生協イリスの小松です。現在、全国有料老人ホーム協会の北海道・東北ブロックから選出された理事をしております。今日は介護施設を運営する立場で、介護業界の話も含めて、お話できればと思っております。
△柿原:福祉生協イリス専務理事をしております柿原と申します。私は訪問ヘルパーを皮切りに18年ほど介護に携わっております。今日は介護現場代表という立場で参りました。よろしくお願い致します。
■玉森:株式会社セラフ代表の玉森と申します。株式会社セラフについてご紹介しますと、東京及び札幌を拠点としたR&D、研究開発の分野、システム開発などのICTの会社です。札幌では小笠原先生、イリスさんを含めて共同研究をさせていただいております。本日は企業の立場で、介護現場でICTに何ができるのか、についてお話させていただければなと思っております。よろしくお願いします。
●小笠原:それでは早速、進めていきたいと思います。今ご紹介した4名は、ご専門もマネジメント研究、介護システム、介護の臨床技術、さらにはICT開発というように立場が違っており、この視点の違いの中で、会場の皆さんと一緒に、何かが見えてくればいいなと考えております。また、せっかくこの会場に多くの皆様にお集まりいただいておりますので、皆様からのご意見・コメントをいただきながら進めたいと思っております。それでは早速、小樽商科大学の藤原さんに超高齢社会での私たちの心配はどのようなものがあるかについてお話しいただきたいと思います。
○藤原:はじめに、国内の人口動態について、国立社会保障・人口問題研究所の予測データをグラフでお示しします。
○藤原:ご存じの通り、いわゆる少子高齢化のグラフです。この通り、将来にかけて人口が減っていきますが、同時に高齢者人口が増えていきます。つまりこの赤い線である高齢化率が高まり、右上の方に上がっていきます。これはもう皆さんご存知の通りかと思いますので、次のスライドを見てください。今すぐ考えなければならない問題として2025年問題が、さらに、もう少し先を考えた時に2040年問題があります。2025年問題というのは、いわゆる団塊世代が後期高齢者である75歳以上になる年で、2025年を境に医療と介護の需要が最大化すると言われています。グラフで言いますと、右側の赤い線を引いたところにボコンと出っ張っているところが団塊の世代ですが、その部分が大きく増えて、その下から支えていく部分の人口がキューッとすぼまっています。
次がこれから考えなければならない2040年問題です。団塊ジュニア世代が70歳を超えて現役世代の減少が顕著になるのが2040年で、この新たな局面における課題の対応が必要となっています。高齢者人口は当面増加していきますが、しばらくすると増加幅は減少していきます。一方で、それを支える生産年齢人口、65歳以下の人口はどんどん減少していきます。その差が最大になるのが2038年と言われており、その2038年に向けてどのように介護や医療を行い、高齢者を支えていくか、という課題への対応が2040年問題です。
○藤原:このグラフは、医療と介護にかかる費用のグラフですが、社会保障給付費では、これらの問題に必要なのは介護です。介護は2018年度で10.7兆円、2025年度で15.3兆円、2040年度で25.8兆円と予想されています。ご覧のとおり、どんどん膨らんでいきますね。ただ、社会保障給付費をGDP比で見ると、少し話が変わってきますが、相対的な推移は変わりません。生産年齢人口が減っていく、つまり国の収入部分が減っていくのに給付が増えていく中で、この給付をどのようにカバーしていくかが問題になると考えています。この問題の核心は、労働力や予算の制約が強まる中で、介護サービスをどのように確保するかです。高齢者の増加で介護サービスの需要は急増しますが、供給側である生産年齢人口が減ってしまい、介護サービスを受けたくても受けられない介護難民が急増するかもしれません。その解決の一つとして、ICTを活用してその変わりができないか、と考えています。ICTの活用については、必要とされるサービスが適切な水準を担保した上で、医療介護の生産性や効率性を向上させていく必要があります。介護にICTを活用していくことが解決方法の一つと考えています。
●小笠原:ありがとうございました。それでは続いて、イリスの小松さんから介護業界の現状や今感じていることについて教えていただけませんでしょうか。
▲小松:率直に本音で話させていただきますと、この介護の業界団体では、一体どうやったら「いいサービス」を提供できるかについての議論はほとんどされてないのが現状です。この介護の業界は大きく4つの団体が全国にあります。各団体が政府にいろいろお願いするのですが、ひとつは介護報酬を下げないで下さい、私たちの実入りを増やして下さいというお願いです。もう一つは、介護職員の人員配置について、入居者3人に対して1人介護職員を雇わなければならない基準をもっと緩やかにして下さいというお願いです。早い話が、経済的に経営が成り立つようにして下さい、という要望をしております。業界としての懸念は、やはり倒産ですね。最近、介護業界で倒産する介護施設が増えており、いつまでこの厳しさが続くんだろうか、と懸念しています。このトークセッションでは、この後にICTの話も出ると思います。我々の介護業界では本当に多くのICTによるツールやアプリケーションが提案され、いろいろな企業さんが開発されています。それが果たしてどこまで活用されているのか、今後どこまで活用されるのか、など一緒に議論できればと思います。今日は私も楽しみにしております。
●小笠原:小松さん、ありがとうございました。それでは続いて柿原さんに、実際の介護現場の視点から、お感じになっていることや、是非お伝えしたいことがあれば伺いたいと思います。
△柿原:私は今から20年ほど前に初めて訪問ヘルパーとして介護業界で働きはじめました。当時、介護職はすごく職業地位も低く「お手伝いさんが家に来る」みたいな感覚の業界でした。当時は、働く人も子育てから手が離れた人が、何かの役に立ちたくてこの職に就くような時代でした。それから20年近く経って、大学で専門知識を学び、この介護業界を目指してくる若い人たちも増えてきており、20年前とは比べものにならないくらいに職業として確立し、介護に関する知識も向上してきていると思います。今はさらに、介護職には違うものが求められてきていると感じています。現場の介護職は、社会的状況や介護施設の経営にも疎く、目の前にいる医療者や入居の方など、狭い視野でしか見ていなかったりします。そのためにも、今日本で起こっている介護をとりまく様々な問題とその意味を発信していく必要があると思っています。
■玉森:セラフの玉森と申します。よろしくお願いします。はじめに株式会社セラフの会社紹介をさせていただきます。セラフは東京と札幌に拠点がありまして、主にICTの活用を中心に1990年代後半から活動しており、特に最近では様々な分野の「デジタルトランスフォーメーション」を支援しています。中でも札幌支店では、R&B、システム開発、北海道のICT窓口をやっております。2016年頃から研究としてAI(人工知能)にも取り組んでいます。2017年には、北海道大学の荒木教授と、自然言語処理に関する研究として傾聴対話システムを経産省の支援のもと開発しています。さらに、2018年にはそれを発展させ、介護現場を対象として自然言語処理の人工知能技術を利用した対人援助職サポートシステムの研究開発を進めております。
今回は事例を中心に介護におけるICTについて3点お話させていただきたいなと思っています。1つ目は介護現場の業務を支援するためのICT活用、2つ目が介護現場でのコミュニケーションツールとしてのICT利用、3つ目が介護の「より良い」マネジメントをするためのICT利用です。それでは1つ目の介護業務のICT利用、介護現場の業務を支援するICTツールについて説明いたします。まず特徴の1つとして、介護の間接業務の省力化が挙げられます。介護業務の人事、総務、経理、引継ぎ記録などの間接業務を電子化して、煩雑な業務の削減が可能となります。例えば介護サプリでは、「記録」の省力化が可能となります。また、セキュリティを重視した訪問介護記録票の電子化が実用化されております。最近ではセンサーを使って記録するもの、例えば、ベッドなどにセンサーをとりつけ、センサーによる見守りできる製品も登場しています。更には、センサーを活用して入居者の状態を把握することで、この記録によってケアプランの改善やスタッフの業務負担軽減に寄与することが可能となります。最近のトピックスとしては、ロボットとAIでしょうか。遠隔操作でロボットが施設内を循環して見守りをする製品や、AIを活用したものでは、クラウドサービスによるケアプランの作成支援ですね。今ご紹介したとおり、介護業務のICT活用については、介護業務の効率化を進めることにより、介護職員の負担軽減、空いた時間による介護サービスの質の向上を目指しています。しかし、実際には、このようなICTが介護現場に入った際に適切に使用されているかと言うと決して適切に使用されていないようです。やはり、介護現場とICT開発側とのミスマッチ生じているのが現状です。
続きまして、介護現場でのICTによるコミュニケーションツールの活用です。はじめに、介護事業所と家族の情報を共有するようなコミュニケーションツールがあります。これは、介護事業者とご家族がチャットでの会話や写真共有、家族の家庭から介護事業所の領収書などがダウンロードできたりするものが出てきています。また、介護職員間の情報共有をネットワークで可能とすることで、職員間の申し送りなどを電子化し、記録のチャートによる表示や一元管理を可能とする商品がでています。介護職員間のスキルの差を埋めるようなコミュニケーションとしては、京都大学と九州大学が、介護スキルの効率的な獲得を手助けするICTの実験を行っています。また、介護スキル自体を介護職員間で共有し次世代につなげていく研究も進めている企業もあります。興味深いものでは、長年の経験や勘として捉えられていた介護者との目線や距離感、触れ方をまずはセンサーでデータ化し、伝承するような取り組みも開始されています。介護現場でICTツールによるコミュニケーションツールが活用されることにより、今まで共有できなかった知見や情報が介護事業所の内外で共有され、業務改善が期待できます。しかし一方で、課題としてはハードウェアのコスト、介護職員のその操作方法の習得、そして、入居者の個人情報のセキュリティが挙げられます。技術サイドの問題では、これらのコミュニケーションツールにどのようにAIを組み込むか、も課題です。
■玉森:最後に、より良いマネジメントを支援するICT利用があります。まず一つ目は、まさに介護業務を改善するためにICTで業務工程・作業時間を分解・分析し、グラフを自動生成するアプリケーションが販売されています。ケアマネージャーの意思決定をサポートし、介護職員の配置の見直しや業務時間の削減が可能となります。さらに進んで、介護職員のケア、離職を防止するものも出現しています。例えば、介護職員のデータ入力を学習して、心身状態などを数値化し、記録・共有することも可能です。もちろん目指しているのは介護職の負担軽減、継続的な業務効率化なのですが、課題としては介護職としての満足度やモチベーション、介護職の育成ロードマップなどに適したものになっているか、などが挙げられます。
以上をまとめますと、介護におけるICTの課題として3点ほど挙げることができます。(1)介護現場の業務を支援する技術として、介護現場と開発側のミスマッチ。(2)介護現場でのコミュニケーションツールとしてはAIの利活用、ハードウェアの導入、セキュリティ。(3)「より良い」マネジメントをするために不可欠な、介護職としての満足度・モチベーション、人材育成に適したシステムの開発。今後、このような課題を意識しながらICT開発の切り口として、デジタルトランスフォーメーションを意識した開発に取り組みたいと考えております。
●小笠原:玉森さん、ICTの視点から介護への応用をまとめていただき、ありがとうございました。柿原さん、現場の立場から、ICTへの期待というのはどのように捉えてらっしゃいますか。
△柿原:7~8年前から大手電機メーカと組んでAIの実証実験などいろいろ試しています。一緒に実験をやってみて、正直なところ、やはり現場のニーズと技術がうまくマッチングしていませんでしたね。技術者は、いろいろな技術や知識をお持ちで、あれこれと多機能なものを作って試して欲しいと持ってきます。しかし介護現場では多機能が欲しいわけではなく、実は単機能なちょっと手助けしてくれるものが欲しいのです。そこが開発者と介護現場がうまくマッチングしていないと感じています。いくつかロボットも持ってきて、介護職員が介護現場で実証実験したのですが「やっぱりね」という結果に終わっているのが現状ですね。大手電機メーカの技術者は自分たちの持てる力のすべてを投入して、ドラえもんのような素晴らしいもの目指しているのかもしれませんが、介護現場ではそういうものはまだ必要ないですね。技術者は「介護現場が助かる」というのはどういうことなのか、をもう少し聞き取ってから開発して欲しいと思います。介護現場のニーズが機能とマッチすれば、もう少し受け入れられると感じています。
▲小松:根っこにあるのは、先ほどの藤原さんが話されていた、これから先、高齢者が増えて働き手が少なくなる経済問題ですね。その問題を解決するためには、いかに介護の効率化を図るかではないでしょうか。地域包括ケアも同じだと思います。地域包括ケアが住み慣れた地域で最後まで暮らせるようにと進められていますが、これも根っこにあるのは社会保障費、特に介護保険のお金をどう効率よく使っていくのか、だと思います。先ほどICTの話が出ましたが、国もICTやAIを使って介護業務の積極的な効率化を進めています。この根っこも経済問題だと思います。しかし、その前に考えなければいけないのは、そもそも効率化は、そのことが住んでいる例えば入居者、介護サービスを受ける入居者の満足度にどのくらい繋がるのかが一番大切であると思います。
恐らくここにお集まりの皆さんが、自分が将来どこかの老人ホームに入ろう、自分の親にどこかの老人ホームを選ぼうという時に、一体どこの老人ホームが良いのか、どこの施設がどのようなサービスしているのかというのはとても分かりづらいかと思います。正直なところ、施設の良し悪しはその施設に入ってみないと分かりません。施設間の健全な競争が働いていないというのが、この介護業界の一番根っこにあると思います。施設の良し悪しは、本質的には老人ホームに住んでる方の満足度、介護サービスを受ける方の満足度が一番着目されなければならないのですが、国も含めて、そこに表面的な効率化の視点で語られてします。今日もし時間があれば、もっと根っこの部分を一緒に掘り下げていきたいと思います。例えば、高齢者の虐待をお聞きになったことがあるかと思いますが、この虐待の背景は何か、本質は何かを掘り下げていくことも大切ではないでしょうか。
●小笠原:ありがとうございます。少し見方・視点を変えた上で、是非掘り下げていきたいと思います。そこで藤原さんに伺います。小松さんが満足度というお話をされましたが、高齢者の意識を踏まえて、組織管理やマネジメントの観点から介護をどのように捉えれば良いですか。
○藤原:先ほどの柿原さんのお話もあったように、介護職員は施設入居者や利用者を「看たい」という思いがとても強いと感じています。その介護職員の思いをもっと強めていくことができたら良いのですが、実際の業務では介護記録の記入など、介護業務以外の付帯業務が非常に多いと感じています。その付帯業務のために本来の介護サービスに割ける時間が減っているのではないかと思います。本来、組織管理やマネジメントは、その組織に成果をあげさせるための手段・道具ですが、経営と言うと単に収益を追求することと捉えられてしまったり、マネジメントと経営がイコールになっている側面もあります。そのため、介護で働いている方は「介護はお金儲けの手段じゃない」と感じてしまうこともあり、マネジメントに対して距離を置いてしまっているように感じています。考え方を変えると、マネジメントにより介護業務を効率化することができれば、介護サービスに利用可能な空いた時間が生まれることになります。介護職員が介護施設の入居者・利用者のために、この余剰な時間の有効利用や「より良い」介護サービスを考えて実行に移すことができれば、「看たい」という思いに通じる質の高いサービスの提供に繋がると思います。その結果、介護施設の利用者の満足度は、マネジメントを通して高くなっていくのではないかと考えています。
●小笠原:難しい質問にも関わらず、即答していただき、ありがとうございます。そこで今度は、玉森さんに伺いたいのですが、今の介護現場のマネジメントという観点から、ICTの本質はどこにあると思いますか。
■玉森:多くの会社のICT導入のきっかけは、経済的なコストでしょうか。ICTの導入によって、人員削減などのそれまでの運用コストがどの位下がり、利益がどの位上がるか、ということだと思います。今までは確かに経済的なコストがICT導入のきっかけではあったのですが、最近は経済的なコストだけではなく別のKPIが重要と言われ始めています。このKPIですが、例えば「HEART」という指標があります。このKPI指標のH・E・A・R・Tですが、多岐にわたっており、Hは[Happiness]で、新しいモノやサービスの導入によってどれだけ[Happiness]が上がるかです。Eは[Engagement]で、新しいモノやサービスを、どのように使ってもらえるか、どれだけ使ってもらえたか、です。Aは[Adoption]で、新しいモノやサービスを使ってもらえるか、です。Rは[Retention/Repeat]で、新しいモノやサービスを繰り返し使ってもらえるか、です。先ほどのロボットの話ではないのですが、最初は興味から使ってもらえるのですが、そのあと繰り返し使ってもらえるかです。最後のTは[Task]で、新しいモノやサービスの導入により課題を解決できるか、です。介護へのICT導入に関して、経済一辺倒、効率化一辺倒であったものが、HEARTのような多岐に渡った指標に変わってきており、まさに「満足度」がとても重要ではないかと思います。
●小笠原:私も同感です。ICTはとても堅いイメージではあるのですが、今後は介護のイノベーションや、コミュニケーションを変えていくきっかけになり、これらを通じて、次の世代や人々の幸せにどのように繋がっていくかが重要ではないか感じています。そこで、また柿原さんに伺いたいのですが、介護現場でのデータ活用について、もしくはどのような理由では活用されていないのかを教えていただけませんか。
△柿原:実は、介護業界はICTの導入は少し遅れています。本当は介護記録などICTを使って、省けるところ省いて、時間を作れればいいのですけれども。私が感じている一番の課題は、行政がまだICT化を「良し」としておらず、いまだに、紙ベースなのです。笑い話のようですが、普段は介護情報をパソコンやパッドで入力しても、行政が調査に入る時は、その膨大なデータを全部プリントアウトして紙で出さなければなりません。結局、その調査に耐え得るための証拠作りの作業が日々結構あるように感じています。どこの介護施設でも、介護現場の介護職員は目の前にいる利用者や入居者を見て「何をどうすれば良いか」を常日頃考えて介護しており、そして最後は「ありがとう」という言葉が嬉しいのです。そのためには、介護職員も多くのイマジネーションを持っていなくてはならない思います。学校で学んできたエビデンスのある知識だけではなく、その人の生きてきた「全て」も感じながら、持てるイマジネーションの全てを投入して、この人にとって最善の介護のためのディスカッションに時間を割くのが本当はベストだと思います。しかし、この一連のイマジネーションからディスカッションには結構時間がかかります。このような環境の中で、行政が旗を振って「この部分は電送でいいよ」とか「この記録は電子化していいよ」など決めてくれれば、もう少し介護現場が楽になるのかなと思います。余談ですが、明日、私が所属するケアプランセンターに実地調査が入るのですが、普段の介護業務には全く関係がない記録が調査項目に入っており、この項目の点検やら作成やらで、職員は1週間ほど前から残業に残業を重ねています。そのような時間がもったいないと言うと語弊があるかもしれませんが、上手くICTとコラボレーションして、もう少しスムーズになると助かるというのが、介護現場の本音です。
▲小松:今までの議論では、ICTはその活用によって時間を節約し、その時間を介護業務に振り分ける。もう一つは、ICTそのものを使ってより質の高いサービスを提供する、の2つの論点があったと思います。これらを踏まえると、ICTを活用した「いい介護」を考えることが大事ではないでしょうか。2000年に介護保険が始まり、この10年でいろいろな「高齢者の介護」「高齢者の住まい」が急速に増えました。恐らくこの介護業界に、マネジメントをしてこなかった方が参入してきたのですが、では、その人たちの根っこにある「いい介護」とはどのような介護でしょうか。「いい介護」の方向性によってICTをどのように活用するかが決まり、決してICTを活用したからと言って「いい介護」になることはないと思います。介護は生活でもありますので、介護施設の利用者・入居者に約束したサービスが将来もずっと保障されることが重要です。介護施設の利用者・入居者の立場では、期待して介護施設に入居したけれども、途中で出なければならなくなったとか、サービスの質がすごく悪くなった、というのは困るのですね。介護業界全体が、介護施設の安定した経営と質の高いサービスを、もう少し意識していかなければならないと思っています。この点も、ぜひ、時間があれば掘り下げていきたいと思います。根っこにあるのは、「いい介護」とは何か、そのためのマネジメントを考えることから出発しないといけないと思っております。
●小笠原:ありがとうございます。今、小松さんから「質の高い」介護サービスとそのマネジメントについて問題提起をいただきました。それでは再び藤原さんいかがでしょうか。
○藤原:はい、今の小松さんのお話の中であった「いい介護」は確かにとても重要な問題で、どのように目に見える形にするのかはとても大事ではないかと思います。最初に話があった地域包括ケアですが、[地域包括ケア:住み慣れた地域で最後まで]がビジョンだと思いますが、北海道外であれば「ご自宅」というのを重要視して、そこで最期を迎えたい方が多い印象を持っています。その一方で、北海道内では、「ご自宅」を重要視している方もいらっしゃいますが、自分の自宅を売却して、介護施設に入って、そこで最期を迎えたいというニーズが高いように感じています。北海道では提供する介護が、在宅型なのか施設型なのかで「いい介護」が変わってくるように思います。介護現場の皆さんはどのように捉えているかを、教えていただけませんか。
▲小松:地域包括ケアついては、国は明確には言っていないのですが、やはり経済問題が根っこにあると思います。高齢者が住み慣れた地域で暮らすためには、デイサービスと訪問介護、さらには夜中の介護も必要になってきますし、もちろん看護も必要です。行政の立場から、高齢者がどんどん増えて、働き手がますます減る中で「何を削るか」ということが、2040年問題のひとつの側面だと思います。着目しているのはデイサービスでして、本当は目的が違うのですが、これは家族のための介護だと思います。そのため、デイサービスは介護保険でカバーしない方にシフトしています。それから訪問介護についても重度の方についてはカバーしますが、軽度の方はどんどん減らす方向のようです。これは裏を返せば、介護事業者側からみると、それを生業にしている人は収入が減るということですね。収入が減るということは企業を継続させていけなくなる。企業が継続できないということは介護サービスが実質的になくなるということです。ですから、高齢者が住み慣れた地域で暮らすためには、家族が一緒に暮らしながら支えていくことが前提になっていくと予想しています。国土交通省が、都市の中心部に高齢者の住まいをどんどん集約して効率化を図る「コンパクトシティ」を提唱しています。しかし、高齢者には都市の中心部にどんどん集約していって効率を上げるのは難しく、「住み慣れた地域で」と言うのはなかなか変わっていかないのではないか、と思っています。
●小笠原:とても重要な観点を教えていただいたと思います。私どもも北海道の地域医療について研究しているのですが、その中でやはり北海道というのは「家」の感覚が本州と違うようで、地域包括ケアがなかなか定着しないようです。「家」の形、家族の形というのが北海道型として考えていかなければならないと感じています。これについて柿原さん、いかがでしょうか。
△柿原:私たちは、全国組織の医療福祉生協連の東北・北海道ブロックに所属して定期的に交流しているのですが、東北の方は、割と通所介護が多く、自宅で最期を迎える方が多いようです。同じ雪国なのですが、東北は「家」に対する思い入れが北海道とまるで違うのですね。北海道の人はたとえ自分が汗水垂らして建てた「家」であろうと、時が来たら諦めて手放すことが多いようです。しかし、東北をはじめとして本州の方は長い歴史を背負っており、その「家」の重みが北海道の私たちとは違うのですね。そのため、高齢になってご自分でできないことが増えても、家から離れることができないようです。そのため、訪問介護を活用しながら、ご自宅での終(つい)を考える方が多いのだと思います。
●小笠原:ありがとうございます。さきほど介護施設の倒産の話題がありましたが、藤原さん、こちらのスライドの倒産件数の推移について説明していただけませんか。
○藤原:こちらは介護保険が始まってからのデータです。介護は、介護サービス毎に国によってその価格が介護報酬として決められており、その介護報酬が介護事業者に入ります。介護保険が開始されたころは、その介護報酬がそれなりに高く設定されており、十分に支払われていたようです。そのため、それほど倒産するような施設はなかったようですが、介護報酬が高いと国の支出が増加することもあり、次第にその介護報酬を絞り始めたのですね。そうすると倒産件数がぐんぐん伸びていっていくことになりました。この円グラフは昨年度(平成30年度)の内訳で、倒産している多くは株式会社です。株式会社というのはいわゆる営利を目的とした組織ですので、表現が悪いですが、倒産した52社の中には恐らく「儲けてなんぼ」という感覚で経営していた介護事業者もあると思います。
もちろん、適切に収益を得て適切なサービスを提供する株式会社もたくさんあります。その他では、件数は少ないのですが、この中に例えば一般社団法人や、特定非営利活動法人(NPO)、あとは社会福祉法人という公的機関に近い施設も倒産しているのが現状です。これらが倒産する理由として、介護サービスに対する価格が上手く適応していない可能性の他、経営という視点が乏しく、適切に収益を上げることができなかったことも考えられます。そのため、介護施設の経営者は、昔は国が決めた価格の変化に対応すればよかったものが、今は倒産しないために、そして「より良い」サービスを提供するために、経営を真剣に考えなければならなくなっています。
●小笠原:ありがとうございます。ここで、私からイギリスの医療経済学者ドナベディアンが50年前に提唱した「医療の質」について補足させてください。ここでは、医療ではなく介護にあてはめてみたいと思います。「介護の質」ですが、大きく3つの視点があります。1つは構造[Structure]で、例えば、高齢者人口あたりの介護施設数や介護職員数などです。2つ目は過程[Process]で、どのような介護が行われているかです。その一番いい例が介護で発生している過誤の件数でしょうか。最後は結果[Outcome]で、介護施設に入居された方の効用や便益について検討します。介護施設の入居者・利用者の満足度も含まれるかと思います。そこで、「いい介護」を定義すると、どのような介護職員がどのくらい働いているか、どのような介護を提供しているいるか、そして、その介護を受けた方々が満足しているか、ということができるかもしれません。
□聴衆1:私は、将来は老人ホームで暮らしたいと考えています。今、倒産する施設もあるとのお話しを聞き、本当に老人ホームでよいのか二の足を踏んでしまいますが、たくさんある老人ホームの中から「質のよい」老人ホームをどのような基準で選べばよいのでしょうか。介護施設の信頼度やサービスというのは実際に老人ホームに入ってみないと分からないものなのでしょうか。
●小笠原:この点については小松さん、いかがでしょうか。
▲小松:介護サービスは見た目だけでは、なかなか分からないと思います。私も幾つかの老人ホームでホーム長とか施設長を経験させていただきました。介護職員と一緒に働いている施設長であっても実際に介護職員が行っている介護の質については、見所・勘所というものを掴んでいないと意外と分かりづらいものです。そこで、まずは老人ホームの情報を集めてください。今、この業界は老人ホームを紹介する紹介会社がありますので、訪ねてみるのも一つかもしれません。そして、ぜひ、見学してください。見学の際の勘所の1つはお昼時で、入居者の皆さんがお昼ご飯食べている時に見学に行くのが良いと思います。自分の目でお昼時に行って、いろいろ聞いて、たくさん見学して直感力を増やしていくのが、回り道かもしれませんが一つの方法かと思います。その他、老人ホームに関していろいろセミナーやっていますので、セミナーに参加して、勉強することも必要かと思います。
□聴衆1:やはり老人ホーム選びは、自分からその場所に行って、自分で調べるしかないですね。
●小笠原:そうですね、介護施設を納得して選べるかは難しい問題ですね。この点については、藤原さんがご研究されていましたよね。
○藤原:私は医療システムを専門に研究してきたのですが、介護システムも同様に「いい介護って何だろう」というのを数字にできないかと考えています。病院では、例えば自分から「いい病院です」と市民に発信することが、法律で規制されています。自分の病院は「手術が上手ですよ」とかは自院からは言うことができないので、これをどのように表現するのかは、病院としてもとても難しいところです。多分、介護施設でも同じだと思います。自分の介護施設で「いい介護してますよ」と言っても、一人ひとりに合った介護は異なると思いますので、先ほど小松さんが言ったことと重複しますが、ホームページだけの情報ではなく、信頼できる方の情報を参考に、ご自分で直接、見に行って確かめていただくのが一番良いのかなと思います。これは、病院選択でも同じだと思います。
●小笠原:少し補足しますと、医療や介護においては「情報の非対称性」と言う経済学の概念があります。これは、介護する側は介護サービスや介護業界に関する情報をたくさん持っているんですが、市民の方・患者さんにとっては介護に関する情報が乏しい。この情報格差を埋めるのが今はインターネットなのですが、調べ始めると情報が次から次へと出てきます。しかし、今度は情報が多すぎて選択のための判断できなくなります。難しい問題なのですが、この点について玉森さんいかがですか。
■玉森:これまではサービスを提供する側が情報を作って出していく、もしくは先ほどのように紹介者が情報を作って出していくのが一般的でした。しかし、介護サービスは一生に一回が普通で、繰り返し経験することがないと思います。そのため介護サービスに関する情報は、インターネット上のホームページの情報よりも、虚偽や嘘の少ない情報を集めて、自分の目で確かめることが重要かもしれません。
●小笠原: 他にフロアの皆さんからありませんか。
□聴衆2:ちょっと前まで介護に携わっていた者ですが、介護現場では、介護職員が全然足りないです。高齢者の方々もそれまでも生き方やプライドがあり、学校で習ったようには100%いきません。認知症の高齢者にもプライドがすごくありますから、彼らに接する介護職員も「大変」という4文字では済まされないものがあります。そのため、入居している高齢者の一人ひとりに満足できる介護や支援を可能な限り行いたいのですが、「あ、ちょっと待ってね。忙しいから」というのが常でした。今政治では、外国の方に働いてもらうと言ってます。まずはそれも大切かと思いますが、やはり日本の若い方が「じゃあ僕、私、介護の仕事するわ」という土壌を作って欲しいです。私たちの力ではどうにもならないのが現実です。「優しいだけが介護じゃない」と学校では習いましたが、介護の現場では介護職員が潰れそうになりながら介護を続けており、高齢者に優しくなれないのが現実です。
●小笠原:ありがとうございます。お気持ちがとても伝わってきました。まさに今コメントいただいたことが、このトークセッションのきっかけの一つです。小松さんはこの業界の理事をされていらっしゃいますが、今のような話はお聞きになったことはありますでしょうか。もしコメントあれば、お願いいたします。
▲小松:今のようなお話は、業界団体ではほとんど話題にならないですね。介護施設には厚生労働省が決めた人員配置基準というのがあります。これは、多くの施設でその基準を満たさなきゃならないのですが、例えば3対1であれば、60人の入居者がいると、正社員の介護職員や看護師を合わせて20人以上いればいいということになります。老人ホームによっては、入居者60人に対して30人の介護職員を配置している所もあれば、35人配置している所もあります。介護職員が20人よりも30人だったり40人の方が、もちろん介護職員のゆとりがあるのですが、その老人ホームに入ってくる収入は変わらないのです。
そうすると介護職員20人の所と、倍の40人の所とで何が違うのかと言うと、経営者の考え方ですね。この経営者の考え方の影響はものすごく大きく、先ほどの「いい介護」とは何かという本質にまた戻ってくることになります。更には、どのような老人ホームを作りたいのか、そのお金をどのように調達するのか、などの介護施設の経営、ひいては介護施設の倒産にも関係します。例えば介護職員が決められた時間に決められた仕事をすると決めてしまえば、その老人ホームの利用者は、その介護職員に決められた時間と決められたサービスに合わせなければならなくなります。そうすると、入居者の高齢者は自分が暮らしたいという生活ではなくて、介護する側からすれば、入居している高齢者に無理強いすることにもなり、なかなか折り合いがつかないことも起きてきます。
老人ホームに住んでる方の生活って皆違いますよね。100人いたら100通りです。その高齢者の生活にできるだけ介護職員が合わせていく介護もあります。どちらの効率がいいかは経営者の考え方ですが、私は、入居者の生活になるべく介護職員が合わせた方が無理強いが少なくなることから、結果的には効率がいいと考えています。そして、その効率が介護職員の雇用人数に影響し、更に「いい介護」に繋がるのではないかと思います。これは、老人ホームを幾つか見学していると、いろいろな時間帯に入居者の方が居間で寛いでいたりするなど、いろいろな形のその人なりの生活を感じられる老人ホームと、そうではない老人ホームがあることに気づくだろうと思います。
○藤原:はい。私が小樽商科大学に所属していることから経営の視点からになりますが、玉森さんの会社のようにICT技術の会社として成立するためには、ICT技術におけるビジネス生態系・エコシステムが存在していますよね。小松さんや柿原さんの介護施設にも介護サービスを提供するためのエコシステムがあります。今求められているものはこの両者の介護のエコシステムと、技術のエコシステムを融合させることだと思います。しかし、今は先ほども言ったように、上手く両者のエコシステム間の意思疎通ができていないことから、介護でICTが活用されず、それによる効率化で人を減らすとか増やすとかまでの議論に到達していないと考えています。
今、私がやりたいことは、この2つのエコシステムの中にマネジメントの共通言語を持ってもらって、例えばどのような老人ホームにするかなどの共通のビジョンのもとで、お互いが共通言語で話せるようになることが大事ではないかと思います。いわゆる経営学・マネジメントにはこの「ビジョンとは何か」といった考え方も含まれています。私はこの両者を融合するためにはマネジメントが不可欠であり、介護職員やICT企業の皆さんに勉強できる場を提供することで、より良い介護の提供に繋がるのではないかと考えています。
どうなる?未来の私たちの介護(PDF版)
「どうなる?未来の私たちの介護 ~介護業界の今を知り、10年後の介護を考える~」の完全書き起こしレポートです。
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司会(谷口):地下歩行空間にお越しの皆さま、こんにちは。この後間もなく、こちらのステージではトークセッションを開始いたします。今回のトークセッションは「どうなる?未来の私たちの介護~介護業界の今を知り、10年後の介護を考える~」です。超高齢社会が到来しまして、介護・福祉分野の重要性が年々高まっていくと同時に、社会全体で人材不足が深刻化してきております。ここにお集まりの皆さまにとっても決して他人事ではない問題かと思います。このトークセッションを通じて、10年後の介護・福祉について考えてまいりたいと思います。よろしければここにお集まりの皆さまのご意見もお聞かせいただければと思いますので、よろしくお願い致します。
既にご登壇いただいておりますので、皆さまにつきましてお名前と役職のみご紹介させていただきます。左手側より、本日の進行も務めていただきます北海道大学大学院保健科学研究院教授・小笠原克彦さん、小樽商科大学ビジネススクール准教授・藤原健祐さん、福祉生協イリス理事長・小松徹人さん、同じく福祉生協イリス専務理事・柿原尚美さん、株式会社セラフ代表取締役・玉森一充さんです。それでは、ここからの進行は小笠原先生にお任せ致します。どうぞよろしくお願い致します。
●小笠原:本日、モデレーターを務めさせていただきます北海道大学大学院保健科学研究院の小笠原でございます。よろしくお願いします。専門は医療情報学、医療政策、医療経済学でして、データやICT(情報通信技術)を使って医療や介護をよくしていくための研究をしております。それでは、ご登壇されている皆様に簡単に自己紹介をお願いいたします。
○藤原:小樽商科大学准教授の藤原健祐と申します。北海道大学の小笠原先生のところで医療経済、医療政策を研究し、北海道大学の特任助教のときにはこちらのイリスさん、セラフさんと一緒に介護の情報化に関わる研究をさせていただきました。7月から、小樽商科大学ビジネススクールで医療に関わるマネジメントの講義を担当しています。どうぞよろしくお願い致します。
▲小松:福祉生協イリスの小松です。現在、全国有料老人ホーム協会の北海道・東北ブロックから選出された理事をしております。今日は介護施設を運営する立場で、介護業界の話も含めて、お話できればと思っております。
△柿原:福祉生協イリス専務理事をしております柿原と申します。私は訪問ヘルパーを皮切りに18年ほど介護に携わっております。今日は介護現場代表という立場で参りました。よろしくお願い致します。
■玉森:株式会社セラフ代表の玉森と申します。株式会社セラフについてご紹介しますと、東京及び札幌を拠点としたR&D、研究開発の分野、システム開発などのICTの会社です。札幌では小笠原先生、イリスさんを含めて共同研究をさせていただいております。本日は企業の立場で、介護現場でICTに何ができるのか、についてお話させていただければなと思っております。よろしくお願いします。
1. 我が国における介護の状況
●小笠原:それでは早速、進めていきたいと思います。今ご紹介した4名は、ご専門もマネジメント研究、介護システム、介護の臨床技術、さらにはICT開発というように立場が違っており、この視点の違いの中で、会場の皆さんと一緒に、何かが見えてくればいいなと考えております。また、せっかくこの会場に多くの皆様にお集まりいただいておりますので、皆様からのご意見・コメントをいただきながら進めたいと思っております。それでは早速、小樽商科大学の藤原さんに超高齢社会での私たちの心配はどのようなものがあるかについてお話しいただきたいと思います。
○藤原:はじめに、国内の人口動態について、国立社会保障・人口問題研究所の予測データをグラフでお示しします。
○藤原:ご存じの通り、いわゆる少子高齢化のグラフです。この通り、将来にかけて人口が減っていきますが、同時に高齢者人口が増えていきます。つまりこの赤い線である高齢化率が高まり、右上の方に上がっていきます。これはもう皆さんご存知の通りかと思いますので、次のスライドを見てください。今すぐ考えなければならない問題として2025年問題が、さらに、もう少し先を考えた時に2040年問題があります。2025年問題というのは、いわゆる団塊世代が後期高齢者である75歳以上になる年で、2025年を境に医療と介護の需要が最大化すると言われています。グラフで言いますと、右側の赤い線を引いたところにボコンと出っ張っているところが団塊の世代ですが、その部分が大きく増えて、その下から支えていく部分の人口がキューッとすぼまっています。
次がこれから考えなければならない2040年問題です。団塊ジュニア世代が70歳を超えて現役世代の減少が顕著になるのが2040年で、この新たな局面における課題の対応が必要となっています。高齢者人口は当面増加していきますが、しばらくすると増加幅は減少していきます。一方で、それを支える生産年齢人口、65歳以下の人口はどんどん減少していきます。その差が最大になるのが2038年と言われており、その2038年に向けてどのように介護や医療を行い、高齢者を支えていくか、という課題への対応が2040年問題です。
○藤原:このグラフは、医療と介護にかかる費用のグラフですが、社会保障給付費では、これらの問題に必要なのは介護です。介護は2018年度で10.7兆円、2025年度で15.3兆円、2040年度で25.8兆円と予想されています。ご覧のとおり、どんどん膨らんでいきますね。ただ、社会保障給付費をGDP比で見ると、少し話が変わってきますが、相対的な推移は変わりません。生産年齢人口が減っていく、つまり国の収入部分が減っていくのに給付が増えていく中で、この給付をどのようにカバーしていくかが問題になると考えています。この問題の核心は、労働力や予算の制約が強まる中で、介護サービスをどのように確保するかです。高齢者の増加で介護サービスの需要は急増しますが、供給側である生産年齢人口が減ってしまい、介護サービスを受けたくても受けられない介護難民が急増するかもしれません。その解決の一つとして、ICTを活用してその変わりができないか、と考えています。ICTの活用については、必要とされるサービスが適切な水準を担保した上で、医療介護の生産性や効率性を向上させていく必要があります。介護にICTを活用していくことが解決方法の一つと考えています。
●小笠原:ありがとうございました。それでは続いて、イリスの小松さんから介護業界の現状や今感じていることについて教えていただけませんでしょうか。
▲小松:率直に本音で話させていただきますと、この介護の業界団体では、一体どうやったら「いいサービス」を提供できるかについての議論はほとんどされてないのが現状です。この介護の業界は大きく4つの団体が全国にあります。各団体が政府にいろいろお願いするのですが、ひとつは介護報酬を下げないで下さい、私たちの実入りを増やして下さいというお願いです。もう一つは、介護職員の人員配置について、入居者3人に対して1人介護職員を雇わなければならない基準をもっと緩やかにして下さいというお願いです。早い話が、経済的に経営が成り立つようにして下さい、という要望をしております。業界としての懸念は、やはり倒産ですね。最近、介護業界で倒産する介護施設が増えており、いつまでこの厳しさが続くんだろうか、と懸念しています。このトークセッションでは、この後にICTの話も出ると思います。我々の介護業界では本当に多くのICTによるツールやアプリケーションが提案され、いろいろな企業さんが開発されています。それが果たしてどこまで活用されているのか、今後どこまで活用されるのか、など一緒に議論できればと思います。今日は私も楽しみにしております。
●小笠原:小松さん、ありがとうございました。それでは続いて柿原さんに、実際の介護現場の視点から、お感じになっていることや、是非お伝えしたいことがあれば伺いたいと思います。
△柿原:私は今から20年ほど前に初めて訪問ヘルパーとして介護業界で働きはじめました。当時、介護職はすごく職業地位も低く「お手伝いさんが家に来る」みたいな感覚の業界でした。当時は、働く人も子育てから手が離れた人が、何かの役に立ちたくてこの職に就くような時代でした。それから20年近く経って、大学で専門知識を学び、この介護業界を目指してくる若い人たちも増えてきており、20年前とは比べものにならないくらいに職業として確立し、介護に関する知識も向上してきていると思います。今はさらに、介護職には違うものが求められてきていると感じています。現場の介護職は、社会的状況や介護施設の経営にも疎く、目の前にいる医療者や入居の方など、狭い視野でしか見ていなかったりします。そのためにも、今日本で起こっている介護をとりまく様々な問題とその意味を発信していく必要があると思っています。
2.介護でのICT(情報通信技術)の現状と課題
●小笠原:ありがとうございます。また、小松さん、柿原さんには、また後ほどいろいろ伺いたいと思います。それでは次、ICTの観点からセラフの玉森さんにお話しいただけませんか。■玉森:セラフの玉森と申します。よろしくお願いします。はじめに株式会社セラフの会社紹介をさせていただきます。セラフは東京と札幌に拠点がありまして、主にICTの活用を中心に1990年代後半から活動しており、特に最近では様々な分野の「デジタルトランスフォーメーション」を支援しています。中でも札幌支店では、R&B、システム開発、北海道のICT窓口をやっております。2016年頃から研究としてAI(人工知能)にも取り組んでいます。2017年には、北海道大学の荒木教授と、自然言語処理に関する研究として傾聴対話システムを経産省の支援のもと開発しています。さらに、2018年にはそれを発展させ、介護現場を対象として自然言語処理の人工知能技術を利用した対人援助職サポートシステムの研究開発を進めております。
今回は事例を中心に介護におけるICTについて3点お話させていただきたいなと思っています。1つ目は介護現場の業務を支援するためのICT活用、2つ目が介護現場でのコミュニケーションツールとしてのICT利用、3つ目が介護の「より良い」マネジメントをするためのICT利用です。それでは1つ目の介護業務のICT利用、介護現場の業務を支援するICTツールについて説明いたします。まず特徴の1つとして、介護の間接業務の省力化が挙げられます。介護業務の人事、総務、経理、引継ぎ記録などの間接業務を電子化して、煩雑な業務の削減が可能となります。例えば介護サプリでは、「記録」の省力化が可能となります。また、セキュリティを重視した訪問介護記録票の電子化が実用化されております。最近ではセンサーを使って記録するもの、例えば、ベッドなどにセンサーをとりつけ、センサーによる見守りできる製品も登場しています。更には、センサーを活用して入居者の状態を把握することで、この記録によってケアプランの改善やスタッフの業務負担軽減に寄与することが可能となります。最近のトピックスとしては、ロボットとAIでしょうか。遠隔操作でロボットが施設内を循環して見守りをする製品や、AIを活用したものでは、クラウドサービスによるケアプランの作成支援ですね。今ご紹介したとおり、介護業務のICT活用については、介護業務の効率化を進めることにより、介護職員の負担軽減、空いた時間による介護サービスの質の向上を目指しています。しかし、実際には、このようなICTが介護現場に入った際に適切に使用されているかと言うと決して適切に使用されていないようです。やはり、介護現場とICT開発側とのミスマッチ生じているのが現状です。
続きまして、介護現場でのICTによるコミュニケーションツールの活用です。はじめに、介護事業所と家族の情報を共有するようなコミュニケーションツールがあります。これは、介護事業者とご家族がチャットでの会話や写真共有、家族の家庭から介護事業所の領収書などがダウンロードできたりするものが出てきています。また、介護職員間の情報共有をネットワークで可能とすることで、職員間の申し送りなどを電子化し、記録のチャートによる表示や一元管理を可能とする商品がでています。介護職員間のスキルの差を埋めるようなコミュニケーションとしては、京都大学と九州大学が、介護スキルの効率的な獲得を手助けするICTの実験を行っています。また、介護スキル自体を介護職員間で共有し次世代につなげていく研究も進めている企業もあります。興味深いものでは、長年の経験や勘として捉えられていた介護者との目線や距離感、触れ方をまずはセンサーでデータ化し、伝承するような取り組みも開始されています。介護現場でICTツールによるコミュニケーションツールが活用されることにより、今まで共有できなかった知見や情報が介護事業所の内外で共有され、業務改善が期待できます。しかし一方で、課題としてはハードウェアのコスト、介護職員のその操作方法の習得、そして、入居者の個人情報のセキュリティが挙げられます。技術サイドの問題では、これらのコミュニケーションツールにどのようにAIを組み込むか、も課題です。
■玉森:最後に、より良いマネジメントを支援するICT利用があります。まず一つ目は、まさに介護業務を改善するためにICTで業務工程・作業時間を分解・分析し、グラフを自動生成するアプリケーションが販売されています。ケアマネージャーの意思決定をサポートし、介護職員の配置の見直しや業務時間の削減が可能となります。さらに進んで、介護職員のケア、離職を防止するものも出現しています。例えば、介護職員のデータ入力を学習して、心身状態などを数値化し、記録・共有することも可能です。もちろん目指しているのは介護職の負担軽減、継続的な業務効率化なのですが、課題としては介護職としての満足度やモチベーション、介護職の育成ロードマップなどに適したものになっているか、などが挙げられます。
以上をまとめますと、介護におけるICTの課題として3点ほど挙げることができます。(1)介護現場の業務を支援する技術として、介護現場と開発側のミスマッチ。(2)介護現場でのコミュニケーションツールとしてはAIの利活用、ハードウェアの導入、セキュリティ。(3)「より良い」マネジメントをするために不可欠な、介護職としての満足度・モチベーション、人材育成に適したシステムの開発。今後、このような課題を意識しながらICT開発の切り口として、デジタルトランスフォーメーションを意識した開発に取り組みたいと考えております。
●小笠原:玉森さん、ICTの視点から介護への応用をまとめていただき、ありがとうございました。柿原さん、現場の立場から、ICTへの期待というのはどのように捉えてらっしゃいますか。
△柿原:7~8年前から大手電機メーカと組んでAIの実証実験などいろいろ試しています。一緒に実験をやってみて、正直なところ、やはり現場のニーズと技術がうまくマッチングしていませんでしたね。技術者は、いろいろな技術や知識をお持ちで、あれこれと多機能なものを作って試して欲しいと持ってきます。しかし介護現場では多機能が欲しいわけではなく、実は単機能なちょっと手助けしてくれるものが欲しいのです。そこが開発者と介護現場がうまくマッチングしていないと感じています。いくつかロボットも持ってきて、介護職員が介護現場で実証実験したのですが「やっぱりね」という結果に終わっているのが現状ですね。大手電機メーカの技術者は自分たちの持てる力のすべてを投入して、ドラえもんのような素晴らしいもの目指しているのかもしれませんが、介護現場ではそういうものはまだ必要ないですね。技術者は「介護現場が助かる」というのはどういうことなのか、をもう少し聞き取ってから開発して欲しいと思います。介護現場のニーズが機能とマッチすれば、もう少し受け入れられると感じています。
3.介護サービスとICTの「根っこ」にあるもの
●小笠原:介護現場で求められているニーズとICTのシーズとの格差をどのように埋めるかが課題ですね。特に介護業界では、介護職員なくして介護が成立しないことから、そこをICTがどのように支援できるかでしょうか。そこで、小松さんに是非伺いたいんですが、介護をマクロに捉えた時に、政策的な課題として介護労働と地域包括ケアがキーになってくるかと思いますが、この点はどのようにお考えでしょうか。▲小松:根っこにあるのは、先ほどの藤原さんが話されていた、これから先、高齢者が増えて働き手が少なくなる経済問題ですね。その問題を解決するためには、いかに介護の効率化を図るかではないでしょうか。地域包括ケアも同じだと思います。地域包括ケアが住み慣れた地域で最後まで暮らせるようにと進められていますが、これも根っこにあるのは社会保障費、特に介護保険のお金をどう効率よく使っていくのか、だと思います。先ほどICTの話が出ましたが、国もICTやAIを使って介護業務の積極的な効率化を進めています。この根っこも経済問題だと思います。しかし、その前に考えなければいけないのは、そもそも効率化は、そのことが住んでいる例えば入居者、介護サービスを受ける入居者の満足度にどのくらい繋がるのかが一番大切であると思います。
恐らくここにお集まりの皆さんが、自分が将来どこかの老人ホームに入ろう、自分の親にどこかの老人ホームを選ぼうという時に、一体どこの老人ホームが良いのか、どこの施設がどのようなサービスしているのかというのはとても分かりづらいかと思います。正直なところ、施設の良し悪しはその施設に入ってみないと分かりません。施設間の健全な競争が働いていないというのが、この介護業界の一番根っこにあると思います。施設の良し悪しは、本質的には老人ホームに住んでる方の満足度、介護サービスを受ける方の満足度が一番着目されなければならないのですが、国も含めて、そこに表面的な効率化の視点で語られてします。今日もし時間があれば、もっと根っこの部分を一緒に掘り下げていきたいと思います。例えば、高齢者の虐待をお聞きになったことがあるかと思いますが、この虐待の背景は何か、本質は何かを掘り下げていくことも大切ではないでしょうか。
●小笠原:ありがとうございます。少し見方・視点を変えた上で、是非掘り下げていきたいと思います。そこで藤原さんに伺います。小松さんが満足度というお話をされましたが、高齢者の意識を踏まえて、組織管理やマネジメントの観点から介護をどのように捉えれば良いですか。
○藤原:先ほどの柿原さんのお話もあったように、介護職員は施設入居者や利用者を「看たい」という思いがとても強いと感じています。その介護職員の思いをもっと強めていくことができたら良いのですが、実際の業務では介護記録の記入など、介護業務以外の付帯業務が非常に多いと感じています。その付帯業務のために本来の介護サービスに割ける時間が減っているのではないかと思います。本来、組織管理やマネジメントは、その組織に成果をあげさせるための手段・道具ですが、経営と言うと単に収益を追求することと捉えられてしまったり、マネジメントと経営がイコールになっている側面もあります。そのため、介護で働いている方は「介護はお金儲けの手段じゃない」と感じてしまうこともあり、マネジメントに対して距離を置いてしまっているように感じています。考え方を変えると、マネジメントにより介護業務を効率化することができれば、介護サービスに利用可能な空いた時間が生まれることになります。介護職員が介護施設の入居者・利用者のために、この余剰な時間の有効利用や「より良い」介護サービスを考えて実行に移すことができれば、「看たい」という思いに通じる質の高いサービスの提供に繋がると思います。その結果、介護施設の利用者の満足度は、マネジメントを通して高くなっていくのではないかと考えています。
●小笠原:難しい質問にも関わらず、即答していただき、ありがとうございます。そこで今度は、玉森さんに伺いたいのですが、今の介護現場のマネジメントという観点から、ICTの本質はどこにあると思いますか。
■玉森:多くの会社のICT導入のきっかけは、経済的なコストでしょうか。ICTの導入によって、人員削減などのそれまでの運用コストがどの位下がり、利益がどの位上がるか、ということだと思います。今までは確かに経済的なコストがICT導入のきっかけではあったのですが、最近は経済的なコストだけではなく別のKPIが重要と言われ始めています。このKPIですが、例えば「HEART」という指標があります。このKPI指標のH・E・A・R・Tですが、多岐にわたっており、Hは[Happiness]で、新しいモノやサービスの導入によってどれだけ[Happiness]が上がるかです。Eは[Engagement]で、新しいモノやサービスを、どのように使ってもらえるか、どれだけ使ってもらえたか、です。Aは[Adoption]で、新しいモノやサービスを使ってもらえるか、です。Rは[Retention/Repeat]で、新しいモノやサービスを繰り返し使ってもらえるか、です。先ほどのロボットの話ではないのですが、最初は興味から使ってもらえるのですが、そのあと繰り返し使ってもらえるかです。最後のTは[Task]で、新しいモノやサービスの導入により課題を解決できるか、です。介護へのICT導入に関して、経済一辺倒、効率化一辺倒であったものが、HEARTのような多岐に渡った指標に変わってきており、まさに「満足度」がとても重要ではないかと思います。
●小笠原:私も同感です。ICTはとても堅いイメージではあるのですが、今後は介護のイノベーションや、コミュニケーションを変えていくきっかけになり、これらを通じて、次の世代や人々の幸せにどのように繋がっていくかが重要ではないか感じています。そこで、また柿原さんに伺いたいのですが、介護現場でのデータ活用について、もしくはどのような理由では活用されていないのかを教えていただけませんか。
△柿原:実は、介護業界はICTの導入は少し遅れています。本当は介護記録などICTを使って、省けるところ省いて、時間を作れればいいのですけれども。私が感じている一番の課題は、行政がまだICT化を「良し」としておらず、いまだに、紙ベースなのです。笑い話のようですが、普段は介護情報をパソコンやパッドで入力しても、行政が調査に入る時は、その膨大なデータを全部プリントアウトして紙で出さなければなりません。結局、その調査に耐え得るための証拠作りの作業が日々結構あるように感じています。どこの介護施設でも、介護現場の介護職員は目の前にいる利用者や入居者を見て「何をどうすれば良いか」を常日頃考えて介護しており、そして最後は「ありがとう」という言葉が嬉しいのです。そのためには、介護職員も多くのイマジネーションを持っていなくてはならない思います。学校で学んできたエビデンスのある知識だけではなく、その人の生きてきた「全て」も感じながら、持てるイマジネーションの全てを投入して、この人にとって最善の介護のためのディスカッションに時間を割くのが本当はベストだと思います。しかし、この一連のイマジネーションからディスカッションには結構時間がかかります。このような環境の中で、行政が旗を振って「この部分は電送でいいよ」とか「この記録は電子化していいよ」など決めてくれれば、もう少し介護現場が楽になるのかなと思います。余談ですが、明日、私が所属するケアプランセンターに実地調査が入るのですが、普段の介護業務には全く関係がない記録が調査項目に入っており、この項目の点検やら作成やらで、職員は1週間ほど前から残業に残業を重ねています。そのような時間がもったいないと言うと語弊があるかもしれませんが、上手くICTとコラボレーションして、もう少しスムーズになると助かるというのが、介護現場の本音です。
4.北海道型の足腰の強い「いい介護」
●小笠原:ありがとうございます。今度は少し未来を見ながらお話をしていこうと思います。そこで、是非小松さんに伺いたいのですが、介護の社会的な変化と介護の本質を踏まえて、どのように介護の未来を捉えていらっしゃいますか。▲小松:今までの議論では、ICTはその活用によって時間を節約し、その時間を介護業務に振り分ける。もう一つは、ICTそのものを使ってより質の高いサービスを提供する、の2つの論点があったと思います。これらを踏まえると、ICTを活用した「いい介護」を考えることが大事ではないでしょうか。2000年に介護保険が始まり、この10年でいろいろな「高齢者の介護」「高齢者の住まい」が急速に増えました。恐らくこの介護業界に、マネジメントをしてこなかった方が参入してきたのですが、では、その人たちの根っこにある「いい介護」とはどのような介護でしょうか。「いい介護」の方向性によってICTをどのように活用するかが決まり、決してICTを活用したからと言って「いい介護」になることはないと思います。介護は生活でもありますので、介護施設の利用者・入居者に約束したサービスが将来もずっと保障されることが重要です。介護施設の利用者・入居者の立場では、期待して介護施設に入居したけれども、途中で出なければならなくなったとか、サービスの質がすごく悪くなった、というのは困るのですね。介護業界全体が、介護施設の安定した経営と質の高いサービスを、もう少し意識していかなければならないと思っています。この点も、ぜひ、時間があれば掘り下げていきたいと思います。根っこにあるのは、「いい介護」とは何か、そのためのマネジメントを考えることから出発しないといけないと思っております。
●小笠原:ありがとうございます。今、小松さんから「質の高い」介護サービスとそのマネジメントについて問題提起をいただきました。それでは再び藤原さんいかがでしょうか。
○藤原:はい、今の小松さんのお話の中であった「いい介護」は確かにとても重要な問題で、どのように目に見える形にするのかはとても大事ではないかと思います。最初に話があった地域包括ケアですが、[地域包括ケア:住み慣れた地域で最後まで]がビジョンだと思いますが、北海道外であれば「ご自宅」というのを重要視して、そこで最期を迎えたい方が多い印象を持っています。その一方で、北海道内では、「ご自宅」を重要視している方もいらっしゃいますが、自分の自宅を売却して、介護施設に入って、そこで最期を迎えたいというニーズが高いように感じています。北海道では提供する介護が、在宅型なのか施設型なのかで「いい介護」が変わってくるように思います。介護現場の皆さんはどのように捉えているかを、教えていただけませんか。
▲小松:地域包括ケアついては、国は明確には言っていないのですが、やはり経済問題が根っこにあると思います。高齢者が住み慣れた地域で暮らすためには、デイサービスと訪問介護、さらには夜中の介護も必要になってきますし、もちろん看護も必要です。行政の立場から、高齢者がどんどん増えて、働き手がますます減る中で「何を削るか」ということが、2040年問題のひとつの側面だと思います。着目しているのはデイサービスでして、本当は目的が違うのですが、これは家族のための介護だと思います。そのため、デイサービスは介護保険でカバーしない方にシフトしています。それから訪問介護についても重度の方についてはカバーしますが、軽度の方はどんどん減らす方向のようです。これは裏を返せば、介護事業者側からみると、それを生業にしている人は収入が減るということですね。収入が減るということは企業を継続させていけなくなる。企業が継続できないということは介護サービスが実質的になくなるということです。ですから、高齢者が住み慣れた地域で暮らすためには、家族が一緒に暮らしながら支えていくことが前提になっていくと予想しています。国土交通省が、都市の中心部に高齢者の住まいをどんどん集約して効率化を図る「コンパクトシティ」を提唱しています。しかし、高齢者には都市の中心部にどんどん集約していって効率を上げるのは難しく、「住み慣れた地域で」と言うのはなかなか変わっていかないのではないか、と思っています。
●小笠原:とても重要な観点を教えていただいたと思います。私どもも北海道の地域医療について研究しているのですが、その中でやはり北海道というのは「家」の感覚が本州と違うようで、地域包括ケアがなかなか定着しないようです。「家」の形、家族の形というのが北海道型として考えていかなければならないと感じています。これについて柿原さん、いかがでしょうか。
△柿原:私たちは、全国組織の医療福祉生協連の東北・北海道ブロックに所属して定期的に交流しているのですが、東北の方は、割と通所介護が多く、自宅で最期を迎える方が多いようです。同じ雪国なのですが、東北は「家」に対する思い入れが北海道とまるで違うのですね。北海道の人はたとえ自分が汗水垂らして建てた「家」であろうと、時が来たら諦めて手放すことが多いようです。しかし、東北をはじめとして本州の方は長い歴史を背負っており、その「家」の重みが北海道の私たちとは違うのですね。そのため、高齢になってご自分でできないことが増えても、家から離れることができないようです。そのため、訪問介護を活用しながら、ご自宅での終(つい)を考える方が多いのだと思います。
●小笠原:ありがとうございます。さきほど介護施設の倒産の話題がありましたが、藤原さん、こちらのスライドの倒産件数の推移について説明していただけませんか。
○藤原:こちらは介護保険が始まってからのデータです。介護は、介護サービス毎に国によってその価格が介護報酬として決められており、その介護報酬が介護事業者に入ります。介護保険が開始されたころは、その介護報酬がそれなりに高く設定されており、十分に支払われていたようです。そのため、それほど倒産するような施設はなかったようですが、介護報酬が高いと国の支出が増加することもあり、次第にその介護報酬を絞り始めたのですね。そうすると倒産件数がぐんぐん伸びていっていくことになりました。この円グラフは昨年度(平成30年度)の内訳で、倒産している多くは株式会社です。株式会社というのはいわゆる営利を目的とした組織ですので、表現が悪いですが、倒産した52社の中には恐らく「儲けてなんぼ」という感覚で経営していた介護事業者もあると思います。
もちろん、適切に収益を得て適切なサービスを提供する株式会社もたくさんあります。その他では、件数は少ないのですが、この中に例えば一般社団法人や、特定非営利活動法人(NPO)、あとは社会福祉法人という公的機関に近い施設も倒産しているのが現状です。これらが倒産する理由として、介護サービスに対する価格が上手く適応していない可能性の他、経営という視点が乏しく、適切に収益を上げることができなかったことも考えられます。そのため、介護施設の経営者は、昔は国が決めた価格の変化に対応すればよかったものが、今は倒産しないために、そして「より良い」サービスを提供するために、経営を真剣に考えなければならなくなっています。
●小笠原:ありがとうございます。ここで、私からイギリスの医療経済学者ドナベディアンが50年前に提唱した「医療の質」について補足させてください。ここでは、医療ではなく介護にあてはめてみたいと思います。「介護の質」ですが、大きく3つの視点があります。1つは構造[Structure]で、例えば、高齢者人口あたりの介護施設数や介護職員数などです。2つ目は過程[Process]で、どのような介護が行われているかです。その一番いい例が介護で発生している過誤の件数でしょうか。最後は結果[Outcome]で、介護施設に入居された方の効用や便益について検討します。介護施設の入居者・利用者の満足度も含まれるかと思います。そこで、「いい介護」を定義すると、どのような介護職員がどのくらい働いているか、どのような介護を提供しているいるか、そして、その介護を受けた方々が満足しているか、ということができるかもしれません。
5.会場からの声―私たちの選択
●小笠原:私も大学や大学院で社会保障に関する講義しているのですが、医療及び介護の財政というのは、国全体の財政の大きな塊の上に乗っかっている小さな氷に過ぎない、と講義しています。介護財政をどのように配分するかは政策の問題ですので、研究者の出る所ではないのですが。残り時間も30分ほどになりました。せっかくですので、こちらお集まりの皆さま方から今感じていることやコメントがあれば是非いただければと思いますが、いかがでしょうか。□聴衆1:私は、将来は老人ホームで暮らしたいと考えています。今、倒産する施設もあるとのお話しを聞き、本当に老人ホームでよいのか二の足を踏んでしまいますが、たくさんある老人ホームの中から「質のよい」老人ホームをどのような基準で選べばよいのでしょうか。介護施設の信頼度やサービスというのは実際に老人ホームに入ってみないと分からないものなのでしょうか。
●小笠原:この点については小松さん、いかがでしょうか。
▲小松:介護サービスは見た目だけでは、なかなか分からないと思います。私も幾つかの老人ホームでホーム長とか施設長を経験させていただきました。介護職員と一緒に働いている施設長であっても実際に介護職員が行っている介護の質については、見所・勘所というものを掴んでいないと意外と分かりづらいものです。そこで、まずは老人ホームの情報を集めてください。今、この業界は老人ホームを紹介する紹介会社がありますので、訪ねてみるのも一つかもしれません。そして、ぜひ、見学してください。見学の際の勘所の1つはお昼時で、入居者の皆さんがお昼ご飯食べている時に見学に行くのが良いと思います。自分の目でお昼時に行って、いろいろ聞いて、たくさん見学して直感力を増やしていくのが、回り道かもしれませんが一つの方法かと思います。その他、老人ホームに関していろいろセミナーやっていますので、セミナーに参加して、勉強することも必要かと思います。
□聴衆1:やはり老人ホーム選びは、自分からその場所に行って、自分で調べるしかないですね。
●小笠原:そうですね、介護施設を納得して選べるかは難しい問題ですね。この点については、藤原さんがご研究されていましたよね。
○藤原:私は医療システムを専門に研究してきたのですが、介護システムも同様に「いい介護って何だろう」というのを数字にできないかと考えています。病院では、例えば自分から「いい病院です」と市民に発信することが、法律で規制されています。自分の病院は「手術が上手ですよ」とかは自院からは言うことができないので、これをどのように表現するのかは、病院としてもとても難しいところです。多分、介護施設でも同じだと思います。自分の介護施設で「いい介護してますよ」と言っても、一人ひとりに合った介護は異なると思いますので、先ほど小松さんが言ったことと重複しますが、ホームページだけの情報ではなく、信頼できる方の情報を参考に、ご自分で直接、見に行って確かめていただくのが一番良いのかなと思います。これは、病院選択でも同じだと思います。
●小笠原:少し補足しますと、医療や介護においては「情報の非対称性」と言う経済学の概念があります。これは、介護する側は介護サービスや介護業界に関する情報をたくさん持っているんですが、市民の方・患者さんにとっては介護に関する情報が乏しい。この情報格差を埋めるのが今はインターネットなのですが、調べ始めると情報が次から次へと出てきます。しかし、今度は情報が多すぎて選択のための判断できなくなります。難しい問題なのですが、この点について玉森さんいかがですか。
■玉森:これまではサービスを提供する側が情報を作って出していく、もしくは先ほどのように紹介者が情報を作って出していくのが一般的でした。しかし、介護サービスは一生に一回が普通で、繰り返し経験することがないと思います。そのため介護サービスに関する情報は、インターネット上のホームページの情報よりも、虚偽や嘘の少ない情報を集めて、自分の目で確かめることが重要かもしれません。
●小笠原: 他にフロアの皆さんからありませんか。
□聴衆2:ちょっと前まで介護に携わっていた者ですが、介護現場では、介護職員が全然足りないです。高齢者の方々もそれまでも生き方やプライドがあり、学校で習ったようには100%いきません。認知症の高齢者にもプライドがすごくありますから、彼らに接する介護職員も「大変」という4文字では済まされないものがあります。そのため、入居している高齢者の一人ひとりに満足できる介護や支援を可能な限り行いたいのですが、「あ、ちょっと待ってね。忙しいから」というのが常でした。今政治では、外国の方に働いてもらうと言ってます。まずはそれも大切かと思いますが、やはり日本の若い方が「じゃあ僕、私、介護の仕事するわ」という土壌を作って欲しいです。私たちの力ではどうにもならないのが現実です。「優しいだけが介護じゃない」と学校では習いましたが、介護の現場では介護職員が潰れそうになりながら介護を続けており、高齢者に優しくなれないのが現実です。
●小笠原:ありがとうございます。お気持ちがとても伝わってきました。まさに今コメントいただいたことが、このトークセッションのきっかけの一つです。小松さんはこの業界の理事をされていらっしゃいますが、今のような話はお聞きになったことはありますでしょうか。もしコメントあれば、お願いいたします。
▲小松:今のようなお話は、業界団体ではほとんど話題にならないですね。介護施設には厚生労働省が決めた人員配置基準というのがあります。これは、多くの施設でその基準を満たさなきゃならないのですが、例えば3対1であれば、60人の入居者がいると、正社員の介護職員や看護師を合わせて20人以上いればいいということになります。老人ホームによっては、入居者60人に対して30人の介護職員を配置している所もあれば、35人配置している所もあります。介護職員が20人よりも30人だったり40人の方が、もちろん介護職員のゆとりがあるのですが、その老人ホームに入ってくる収入は変わらないのです。
そうすると介護職員20人の所と、倍の40人の所とで何が違うのかと言うと、経営者の考え方ですね。この経営者の考え方の影響はものすごく大きく、先ほどの「いい介護」とは何かという本質にまた戻ってくることになります。更には、どのような老人ホームを作りたいのか、そのお金をどのように調達するのか、などの介護施設の経営、ひいては介護施設の倒産にも関係します。例えば介護職員が決められた時間に決められた仕事をすると決めてしまえば、その老人ホームの利用者は、その介護職員に決められた時間と決められたサービスに合わせなければならなくなります。そうすると、入居者の高齢者は自分が暮らしたいという生活ではなくて、介護する側からすれば、入居している高齢者に無理強いすることにもなり、なかなか折り合いがつかないことも起きてきます。
老人ホームに住んでる方の生活って皆違いますよね。100人いたら100通りです。その高齢者の生活にできるだけ介護職員が合わせていく介護もあります。どちらの効率がいいかは経営者の考え方ですが、私は、入居者の生活になるべく介護職員が合わせた方が無理強いが少なくなることから、結果的には効率がいいと考えています。そして、その効率が介護職員の雇用人数に影響し、更に「いい介護」に繋がるのではないかと思います。これは、老人ホームを幾つか見学していると、いろいろな時間帯に入居者の方が居間で寛いでいたりするなど、いろいろな形のその人なりの生活を感じられる老人ホームと、そうではない老人ホームがあることに気づくだろうと思います。
6.トークセッションを締めくくるにあたり
●小笠原:ありがとうございます。どうしても私たちは数字で現象を捉えようとすると、その数字の裏に隠れている気持ちまで読み取れなくなってしまいます。今の迫力のある発言は、私たち研究する側にとっても重要と感じているところです。それでは、このトークセッションの時間も残すところ10分となりましたので、最後のまとめに入りたいと思います。このトークセッション通じて感じたこととか、参加している皆さんに伝えたいことをお話しください。では、順番に藤原さんからお願いします。○藤原:はい。私が小樽商科大学に所属していることから経営の視点からになりますが、玉森さんの会社のようにICT技術の会社として成立するためには、ICT技術におけるビジネス生態系・エコシステムが存在していますよね。小松さんや柿原さんの介護施設にも介護サービスを提供するためのエコシステムがあります。今求められているものはこの両者の介護のエコシステムと、技術のエコシステムを融合させることだと思います。しかし、今は先ほども言ったように、上手く両者のエコシステム間の意思疎通ができていないことから、介護でICTが活用されず、それによる効率化で人を減らすとか増やすとかまでの議論に到達していないと考えています。
今、私がやりたいことは、この2つのエコシステムの中にマネジメントの共通言語を持ってもらって、例えばどのような老人ホームにするかなどの共通のビジョンのもとで、お互いが共通言語で話せるようになることが大事ではないかと思います。いわゆる経営学・マネジメントにはこの「ビジョンとは何か」といった考え方も含まれています。私はこの両者を融合するためにはマネジメントが不可欠であり、介護職員やICT企業の皆さんに勉強できる場を提供することで、より良い介護の提供に繋がるのではないかと考えています。
どうなる?未来の私たちの介護(PDF版)