カンファレンスレポート:コーポレートベンチャリングサミット 組織の中からグローバルに広がるプロダクトを生み出すには

Date : 2021/03/30

Shere :

 大企業の一員であることに安穏とぜず、いかに新たな価値を生み出す存在でありえるか----。大企業におけるイノベーション創出の重要性が叫ばれて久しい昨今、本セッションには、維持すべき既存事業とのバランスを取りながら、世界に通用するプロダクトやサービスを生み出すことに成功したトップランナーたちが集結しました。発想、覚悟、挑戦、人集め、モチベーションアップなど、「一歩」を踏み出すためのヒントやノウハウが詰まっています。 

 登壇者は、シチズン時計株式会社:営業統括本部 オープンイノベーション推進室 室長の大石正樹さん、同社:時計開発本部 時計開発部 コネクテッド開発課の松王大輔さん、株式会社電通の社員でありOPEN MEALS/Future Vision Studio代表の榊 良祐さん、パナソニック株式会社の社員であり、アプライアンス社:Game Changer Catapult:代表の深田昌則さん。
モデレーターは、Potage:代表でコミュニティ・アクセラレーターの河原 あずさんです。
 

スキルなしでもアイデアを実現できる創造的プラットフォームRiiiver byシチズン


 幕開けは、シチズンが「自分だけの新しい『時』の体験を作ることができるサービス」として開発した「Riiiver(リィイバー)」の紹介映像と解説から。Riiiverが、シチズン開発のアプリとそれに紐づくスマートウォッチによって、ユーザーのさまざまなアイデアを実現し、新たなライフスタイルを構築していく創造性の高いIoTプラットフォームであることや、具体的な使用方法、今後増えていくであろう関連プロダクツなどについて紹介した後、大石さんが「要は、プログラミングスキルがなくても遊び感覚で〝こんなことができたら面白いな〟を実現できてしまうもの」であるとシンプルにまとめました。

 次いで開発・発表に至るまでの説明が松王さんからあり、中でも特に2019年1月の「サウス・バイ・サウスウェスト(以下SXSW)」(米オースティン)への出展が、「来場者から非常にポジティブな反応を受け、初めてRiiiverに確かな手応えを感じたことで大きなターニングポイントになった」と語りました。その感触がまだ新たな同年6月にはRiiiver×エコ・ドライブ リィイバー(スマートウォッチ)販売のためのクラウドファンディングを行ない、また8月には公募でアイデアソンを、9月にはハッカソンを実施。「学生さんからご年配までたくさんの人に参加いただき、我々もそこから多くを得られました」。最優秀アイデア「エモMAP」は、その後も開発を進めています。起動するとマップ上にその場所への注目度が可視化され、「今この辺がエモい!が分かる」というサービスです。

 最後に大石さんが、「今後もRiiiverというサービスのオープンな性質を生かして、さらにさまざまな企業と連携していきたい」と述べ、すでに現在も多様な企業や製品と連携していることや、今後もワクワクする展開が期待できること、「Riiiver」という名称に込められた想いを紹介して、シチズンパートは終了しました。
 

〝未来の創り方〟のキーワードは、バックキャストとUnlearn&Hack


 続いては、所属する会社の中で新規事業を創り、世の中に新しい価値を届けようと奮闘した体験を持つ2人を加えてのトーク。自己紹介を兼ねて、取り組んだプロジェクトを紹介しました。
電通の現役アートディレクターであり、かつ、食とアートとテクノロジーを掛け合わせた食体験を共創すべく、オープン・ミールズ社を2015年に創立した榊さんは、今まで7つのプロジェクトを世界に向けて発信。しかし何といっても鮮烈なのは、2018年のSXSWに出展した、東京で握った寿司を「電送」してSXSW会場で「出力」するプロジェクト「スシ・シンギュラリティ」でした。「色の4原則(YMCK)を味の4原則に変えたら、世界中に料理をシェアできるんじゃないか」と発想し、食べられるインク・食べられる紙で寿司を再現。そのユニークな発想と実行力が社内外の人を次々と巻き込み、実現にまでたどり着きました。SXSW会場ではメディアにも来場者にも高評価で大盛況だったそう。



 「これからは積み上げて一歩一歩時代を作るのではなく、未来のビジョンを先に作って、そこからバックキャストして実現を考える。そんな時代がもう始まっている」と榊さん。それをアシストし未来構造を実現するための専門チーム「フューチャー・ビジョンスタジオ」をすでに立ち上げ済みであり、一例として月面でのレストランビジネスを実現すべく活動していることを紹介。実現に向けて「企業や投資家を巻き込むことでドライブかけていきます」と語りました。



 続いて深田さんが、パナソニック社の中でゲームチェンジャーカタパルト(GCC)という新規事業を担当していること、長年海外グローバルマーケティングに携わってきたこと、GCC立ち上げの経緯などを語り、「ミッションは、未来のカデンを作ること。カタカナでカデンと表現するのは、電化製品に限らずモノからコトへのシフトの必要性など、暮らしにまつわるサービスやコンテンツによる価値提供を含めた幅広い価値観の創出を意味するから。新しい製造業のあり方を模索し、社内公募型のアイデアコンテストを行ない、選出し、費用ほか実現可能な精査をし、最終的にはSXSWのようなところに出展して世に出していく活動をしています」と語りました。



 さらに、ウィズコロナ・アフターコロナの時代に活かせる事業アイデアについて、在宅での介護・教育・料理などのニーズに応える製品例やプロジェクトを紹介。そして、「これからは20世紀型の大企業のあり方から21世紀型へ働き方・考え方が変わって行く時代。行動指針はUnlearn&Hack。今まで学んできたことをいったん忘れて、新しいことを実現していくという考え方です」と結びました。



 モデレーターのあずさんが、Unlearn&Hackは本日の全社につながるキーワードであり、Riiiverもある意味そうではと指摘すると、大石さんが「百年企業としてものづくり・もの売りに長けている企業は、コトに価値を見出すのがなかなか難しく、マインドチェンジしづらい」と分析した上で、「しかし我々は確かに今、腕時計を使う、より、腕時計をHackする、思いでいます」と共感のスタンスを語りました。
 

「思い切って一歩踏み出して、とことんやる、それが重要なのかなと思う」


 大企業の中で新規事業を立ち上げた2人。榊さんは、「社会を動かす面白いアイデアに活動費を与える」という趣旨の社内コンペに応え、先述の食のデータ化(寿司の電送)を発案・提出。SXSWでの高評価という既成事実を作ったことで、「何か話題になってる」「面白そう」と社内サポーターが後付けで集まってきた経緯を語りました。さらに「別に戦略などはなく、単にいちクリエイターとして、面白いから創って世に出したいと思いやっていました。そういう個人の衝動って大事だと思う。日本ではぶっ飛んだアイデアに対し、『で、それ儲かるの?』『何のためにやるの?』という反応になってしまい、気持ちがシュン…とする。日本にもSXSWのような場があるといいのに」という実態も。
 深田さんは、「大企業でイノベーションが起きないのは、こういうのをやれば成功するという答えがないから」と分析。深田さんが行動を始めた2015年にはオープン・イノベーションという言葉すらなく、「GCCをやること自体がプロトタイピングだった。まず何かやってみる。社内では〝なんでこんなことやるの?〟という声もあったが、やってみないと分からないことに対して、やってみることが大事。一歩動いてみると反響があって、さらに一歩、さらに反響、じゃあこっちか、と反響を次のアクションに活かしながら進めていく感じでした。あらかじめ答えまで設計して〝大丈夫だからGO〟という事業計画主義では何も創れない」。

 あずさんが「お2人とも、毎年何か結果を出していく畳み掛け方、行動のループがすごい」と指摘すると、榊さんが、「今では人も集まり、メディアも取り上げてくれて、いいループに乗っているので切らしてはいけないと思う」と語り、寿司電送はアメリカを中心にフードテックが注目されていた時期に重なったため、反響も大きかったと説明。その後は国内でもフードテック系カンファレンスに呼ばれるようになり、フードテック産業が成長する波に乗って多様な企業から声がかかるように。新しいことを始めるときは「思い切って一歩踏み出し、とことんやる、それが重要なのかなと思う」と語りました。深田さんも、「榊さんの一見ぶっ飛んだ取り組みは、フードテック的には大きな社会問題解決になると思う。理由はないがこれっていい!というものが、一歩動くと、ことによっては社会から認められ、求められてここまでのものになる。これはすごく重要」と実感を込めて分析しました。

 ここまでの話に、大石さんが強い共感を込めて発言。「大企業かどうかに限らず、新しい何かをするときって、最初の一歩を踏み出すがどうかだと思う。順風満帆なんてない。歩みを止めるのか、次の一歩に行くのか。動けば外からもいい風が吹く。動けば、見てもらえて、巻き込んで、動かして、気づけばいろんな人が一緒にいる。我々がグローバルに目を向けたのも、必ずどこかに受け入れてくれるところがある、我々が目をクローズする必要はないと思ったから。もっと言うと、自分たちがもっと楽しくなるために、何かもっと面白いことがあるだろうと思った(笑)。グローバルに目を向けて、そこから得られたものがまたグローバルに勝負できるものになる」。この言葉がまさに、新しいことに挑んだ人に共通する実感なのでしょう。
 

〝自分ごと〟を自覚させ、チームが1つに。熱意と意欲がさらなる前進の追い風に


 グローバルな勝負・プレゼンテーションにはノウハウや語学力が必要と考えますが、深田さんはSXSW会場でのプレゼンをあえて「普段は工場でモノを作ってる」分野の人に担当させたそう。「当事者意識が強い人であれば、言葉の問題ではなく伝わるんです。想いがどれだけ強いかの勝負です」と深田さん。榊さんも、「人は、やるしかなければやる。僕も海外で30〜40分の講演ができる英語力に2年でなりましたよ!」と実体験を披露。深田さんもさらに「企業で勝負より、個人で行くのが絶対いい。あのときも現場での必死の努力が取材され、マスコミに載り、それを見た友人知人がすごいねと言ってくれて、このために生きてきたと涙したメンバーもいました」。

 その言葉に大石さんが「〝自分ごと〟になったときの人間は強いですよね。腹落ちして、自分で何かやるとなったとき、びっくりする行動力と成果が出ます。1人の自信がチームの自信になってプロジェクトの推進力になる」と語ると深田さんも、「我々はそれ(個人&チームの自覚・自信)を実感させてから経営幹部にプレゼンしたんです。どうしてもやりたいという熱意は、アイデアの練りこみも全然違います」と共感を込めて語りました。
 

自社の社長・役員は「投資家」。どう口説き納得させるか、腹のすえ方で勝負


アイデアの実現には、社外の人材をどう組み込むかもカギに。社内とのバランスはどう取るのかについて榊さんは、「自分のやりたいアイデアと社内外の人材をフラットに考えて、〝必要な人たち〟に声をかけます」。その際に気をつけるのは、業種も違えば使うコトバ(用語)も全然違う人が集まるので、「必ず絵を描く」ことだそう。可視化したものが共通言語となり、羅針盤になる。それが垣根を超えてやれる方法だと教えてくれました。

 経営層と現場層の間に入ることが多い深田さんは、「表技・裏技いろいろありますが(笑)、ミドル(中間管理層)がリスクを取らないといけない。ちょっとでも揺れが見えると上にも下にも見透かされますから、ミドルの腹のすえ方が大事です」。その「腹のすえ方」とは、サラリーマンとして会社のためも考えるが、「社会のために活動しているという自信」に由来すると断言。「Riiiverも、時計を売るためではなく、時計にまつわる未来を変えようとして新しい発明をしているところがすごい」と言及しました。それを受けて大石さんも「SXSWの後、個々のメンバーが〝自分のやりたいことが仕事〟のような意識に変わり、自分が何が発揮できるかと真剣にぶつかってくるので、受け流すことは絶対にできない。私は社内ベンチャーの立場で、社長・役員はいわば投資家。彼らをいかに説得し、合意を引き出し、我々のプロジェクトを推進させるために必要なものを引き出せるかと考えるようになりました」と自身の腹のすえ方を披露しました。
 

「みんなでシャベルを持って砂場に集まるみたいな」楽しく集まってこその共創

 
「僕は『未来は1人の妄想から生まれて社会の選択が育てる』と思っていて」と榊さん。「1人の妄想にみんながいいね!と乗っかると未来がそっちに向かう。なので、こういう未来に行きたいよね、これ幸せだよねとビジョンを掲げ、創るためにどうしたらいいかを提示。ビジョンを可視化・具現化していくスタイルでみんなのもの創りを支えたいと考えています」と、バックキャスト的な考え方を再度語りました。

 深田さんは、「僕の仕事は新産業の創造。それには、たくさんの会社もしくは会社から飛び出したたくさんの個人と繋がり、共創しないとできない。イントレプレナー(社内起業家)という言葉があるが、企業に所属していても外でも活動する、そんな副業の時代です。ここにいる時はここのために、外に出たら社会のためというような柔軟な働き方をし、社内外を行ったり来たりしながら、新しい産業を作っていけるのが理想。人の入り混じりが増えると、アイデアも産業も増えていくはず」。
 大石さんは、自分たちがしていることや進め方がお2人に通づると述べ、「創造を重視して、みんなにワクワクするものを提供したい。こういうものだからこう使うんだよ、ではなく、俺だったらこう使って楽しくなる。そういう考え方を我々は実現できるのだから、そんなプラットフォームをめざしたい。そして、もっと世の中を楽しくするものがあれば、ぜひ一緒にやらせてほしい」と熱く語ってくれました。

 それを聞いてあずさんが、「みんなでシャベル持って公園の砂場に集まるみたいな感じですね」と何とも絶妙な表現でまとめました。

 セッションを終え、シチズンの2人が感想を語り、本日は終了に。
 松王さんは「理由はないけどという行動ドリブンが印象的でした。僕は行動するときすごく理由を考えてたので。理由はなくても前に進む。見習いたいですね」。大石さんも「正当な理由を求めがちですよね。でも違う、動くべくして動くんだと後押しされた気がする」。最後にあずさんが再び砂場を例にとり、「みんなで砂場に集まったらお城できた、トンネルできた、電車通った、と、みんなで創って広がっていく感覚。わくわくしますね」と笑って締めくくりました。
 
執筆:重田サキネ

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