新型コロナウイルスの流行で、世の中のあらゆる常識が変化しました。こうした予測不可能な時代のことを、『VUCA』と呼ぶ流れが広がっています。VUCAとは、Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとってつくられた造語です。このVUCAの時代で、自分たちの住む都市や社会が持続可能な成長をしていくには、個人や組織の創造的なアクションが不可欠です。個々人が社会や仕事へどう向き合っていくのか、さらにはそういった創造性をもつ人たちが集まる場をどのようにつくっていくのか。そのヒントを探るべく、実際に社会を良い方向に動かすために新しい取り組みをおこなっているお二人が登壇しました。
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ゲストは、東京を拠点に街づくりの仕事をされているパノラマティクス主宰の齋藤精一さんと、札幌でメディアの編集や企画、事業開発などを手掛ける株式会社トーチ代表のさのかずやさんです。モデレーターは、札幌市を中心に街づくりに関する仕事をされている株式会社フロントヤード代表の長谷川隆三さんが務めました。
■ 「NoMaps」とは?
クリエイティブな発想や技術を用いて、新しい価値を生み出そうとする人たちの交流の場。北海道を舞台に2016年からスタートした。2022年は「楽しくなけりゃ未来じゃないだろ」というキャッチコピーを掲げ、10月19日から23日までの5日間にわたり開催。地方の”お祭り”を目指し、札幌の中心部のさまざまな場所で、リアルとオンラインを併用した多様なプログラムを行った。公式サイト
目次
- 街の多様化の第一歩は「人の多様化」
- 個人の活動を支える「サークル」の存在
- 創造的な場としての小さな経済圏の重要性
街の多様化の第一歩は「人の多様化」
まずはモデレーターの長谷川さんから、トークセッションの主旨についての説明がありました。
長谷川「令和4年の現在は、VUCAの時代といわれています。不確実性の高まった都市が持続可能な成長をしていくためには、個人や組織が創造的にいろんな課題に取り組んでいくことで価値をつくっていくことが必要かなと考えています。このセッションでは、街や個人をどう多様化していくべきなのかについて考えていきたいと思います」
札幌でメディアの編集や企画、事業開発などを手掛ける株式会社トーチの代表・さのさんはプレイヤー(現場)側の立場として、各地の行政の方々と仕事をされている齋藤さんは行政側の立場からそれぞれ意見を述べました。
まずさのさんは、街の多様化には「クリエイターがつくりたいものをつくれる環境」が必要だと語ります。
さの「実のところプレイヤーたちには、”都市を多様にしよう”として何かしている感覚はあまりなくて。プレイヤー側は、ただ自分のやっていることをちゃんと形にしていっているだけだったりします。だとすると、場づくりという視点ではプレイヤーが勝手に自分たちがやりたいことをしやすい状況をつくっていくことが必要だと思いますね」
プレイヤーが自由にやりたいことをしやすい環境を整えることで、個性のある人たちが生まれてくる。そういう個性的な人たちが増えていくことで、都市の多様化が進んでいくのではないか、という提言がありました。
続けて齋藤さんは、「コンピテンシー」というキーワードを挙げました。
齋藤「今までの、なにかを生み出す人と消費する人が対極にいる関係性でなくて、『できるだけみんなでつくっていく』というのがこれからのプレイヤーの考え方なのかな、と思っていて。だから、行政としてはやる気スイッチを押してあげられるかというところを求められている気がしています。
自らでアクションを起こしていくことはコンピテンシーと言いますが、これからの時代のキーになってくるものだと思います」
個人の活動を支える「サークル」の存在
コンピテンシーという単語を受けて、話題は「だれもが表現者になる世の中」に移ります。だれもが表現者になることで、全員が売り手にも買い手にもなりうる社会システムになっていく。齋藤さんは、そういった社会システムのなかでは、自分が表現者となってつくったものを必ずしも大多数の人に売らなくてもいいと話します。
齋藤「僕が最近注目しているのは『ファンダムエコノミー』という言葉で。これは、ある特定のものごとに興味関心のある人たちだけでつくり手と受け手の関係がある、もしくは全員なにかしらのつくり手として関わっていくという考え方です。
僕はよく、こういった興味関心のある人たちの集まりを『サークル』と言っているんですけど、このサークルのなかで、経済は回ると思っていて。サークルという単位のなかで、どれだけ自分たちでつくって消費するかということが、ここからすごい重要になってくるのかなと思います」
今まで常識とされていた、できるだけ多くの人に届けるというマスマーケティングの考え方は転換期を迎えて、「小さいサークルの中での生産と消費」がキーになってくるとのことです。札幌で活動しているさのさんにも、同じような実感があるといいます。
長谷川「まさにさのさんは、そういう半径が小さいエコノミーとかアクティビティとかをやられていると思うんですけど」
さの「そうですね。今までは特定の人たちでやることは『内輪』や『たこつぼ』とか言われていて、あんまり良くないことのように捉えられることが多かった気がするんですけど、今はむしろそれが大事な世の中になってきていると思っていて。たこつぼがたくさんあることで、結果的に社会が多様になることもあるんじゃないかなと」
さらにプレイヤー側として、特定の人たちでサークルをつくることへのメリットを語りました。
さの「自分たちのたこつぼをつくっちゃえば、より快適にものごとを発信できたり、つくりたいものを気兼ねなくつくれたり、場合によっては社会に対しても影響力を持てたりするので、いろんな側面でやりやすくなるのかなと思いますね」
創造的な場としての小さな経済圏の重要性
齋藤さんは、実際に行政と協業している案件のなかでも、一部のサークルにいる人たちに向けたアプローチをしています。
齋藤「僕が奈良県の方とやっている『MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館』は、鑑賞に時間がかかって宿泊が必要なんです。だから、来れる人だけが来てくれればいいと思ってます。そこの経済圏のスケールを大きくしようとしないことが、すごい大事なんじゃないかと考えてますね」
2021年 MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館 ダイジェスト映像
その話を受けて、さのさんはお母さまのやっているカフェの話を例にあげ、小さい経済圏の大切さを話しました。
さの「うちの母が、地元の遠軽ですごくちっちゃくカフェをやっているんですよね。もうすぐ60歳ですけど、インスタも自分で投稿したりしていて。本業は別にあって、土日だけ営業しているので、経済として成り立っているわけではないんですけど、100㎞くらい離れた3つ隣のまちから遊びに来てくれる人がいるらしくて。
カフェができたことで、今まで繋がらなかった人たちと繋がりができていて、サークルが生まれている感覚があるなと。まずは小さくサークルを生み出すことから始めていって、そうしてできた経済圏を潰さないように行政がバックアップしていく形になっていけば、すごく意味のあることなのかなと思ったりしますね」
トークセッションの最後には、札幌・北海道の可能性について、ゲストのお二人が述べました。
さの「北海道の遠軽町で生まれて、東京の会社でも働いてみて思ったのは、北海道って全国的にみてもすごく特殊だなということでした。だからこそ、生まれてくるアイデアみたいなものがあるとも感じていて。なので札幌で活動する身としては、北海道の各地で関りのある方々と連携して、クリエイティブとまではいかなくても、最低限自分たちがやりたいことをやって暮らせるような場所にしていくために、活動していけたらいいなと思っています」
齋藤「東京に拠点を置いている身として、北海道や札幌は、どれだけ自分たちでつくったものを消費できるかという点で、ひとつのモデルになるんじゃないかなと思ってます。それから、札幌市はユネスコ創造都市ネットワークに登録していますよね。そういったネットワークから得られる、別の文化圏の人たちの情報を積極的に取り入れていくことができるんじゃないかと思うんです。
違う文化圏の人たちから、自分たちの課題への解決策が見つかったりすると思うので、ぜひ積極的に今後も関わらせていただければなと。これお世辞じゃないですよ(笑)」
さの「ありがとうございます(笑)」
近しい考え方を持った人たちとつくって消費していく小さいサークルを増やしていき、行政はそれを積極的にバックアップしていくことで、創造的な場がつくられていく。
不確実性の高いVUCAの時代における、新しいスタンダードが垣間見えるセッションとなりました。