カンファレンスレポート:Books for Change~ごきげんアイスが生まれるまで~

Date : 2021/02/25

Shere :

 本が、人生の指標となり、支えとなることがある。特に、新しいこと始めようとしたとき、始めたときに-----。
NoMaps2020では、今回初の取り組みとして、「課題解決型図書館」を掲げ「ライブラリー・オブ・ザ・イヤー2019」で道内初の大賞を受賞した札幌市図書・情報館と連携。会期中、同館内に各カンファレンスの登壇者たちが薦める書籍を紹介する「NoMaps Books」コーナーを設けました。さらに、「本との出会い」に支えられ起業を成功させた実例を紹介する当セッションを、札幌市民交流プラザ SCARTSコートを会場に開催しました。
 
 ゲストは、子供のための食前おやつ「北海道まるごと!夕ごはんを楽しく待てちゃうごきげんアイスPocco」を製造・販売しているコロッケ株式会社:代表取締役の萩原美緒さん。進行は、札幌市教育委員会中央図書館:利用サービス課長の淺野隆夫さん、そして関連本の紹介を札幌市教育委員会中央図書館:利用サービス課図書・情報館 司書の草階彩香さんが担当しました。

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親も子もストレスフリーになれる、「ごきげんアイスPocco」誕生。



 萩原さんは、東京でクックパッド株式会社に10年勤務したのち家族と北海道に移住、2019年に、「ごきげんアイスPocco」を製造・販売する会社を立ち上げました。Pocco考案のきっかけを「東京時代の原風景にある」と語った萩原さん。仕事を終えてお迎えに行き、帰宅して、夕食の支度。そのときには子供の空腹はピークで、騒いだり泣いたりするのをなだめるためにおやつを与えると、今度は夕食に見向きもしない。せっかく楽しく食卓を囲みたいのに、なぜこうなるの?と、仕事を持つ親ならきっと誰もが経験のある、ストレスフルな光景。

 北海道に移住後、萩原さんは当時の経験をベースに友人知人の意見を集め、食前おやつを作ろうと、試作と実験を繰り返しました。しかし、食品の開発は素人。試食アンケートには「全く食べない」という厳しい回答も。味や食感、形など試行錯誤を重ねた結果、余市産の野菜やフルーツをぎっしり詰め、体に良くて美味しい、しかもおなかいっぱいにならないスティック状のアイスがついに誕生したのです。ポストに入るサイズにもこだわりました。ちなみに移住を決めた理由については、産休中に3ヶ月、夏のニセコに滞在し、「新鮮な野菜やおいしい水を知ってしまった。ここに住んだらQOL爆上がり!と思いました」と笑って語ってくれました。


(セッション参加者にお土産として「ごきげんアイスPocco」が配られました)

北海道を知るために、ビジネスを始めるために、読んだ本から受けた影響。そんな萩原さんに薦めたい、これらの本。


 移住を決めた萩原さんは、「住むからには、その土地のことをちゃんと理解したい」と思い、まず以下の3冊を読破したそう。
『北海道の歴史がわかる本』 出版社: 亜璃西社(2018-01-29)
『アイヌの歴史 海と宝のノマド』 出版社: 講談社(2007-11-09)
『南後志に生きる』 出版社: 書肆山住(2016)
 
この紹介を受けて、草階さんがお薦め本を2冊を紹介しました。 
『パン屋の手紙 往復書簡でたどる設計依頼から建物完成まで』 出版社: 筑摩書房(2013-03-01)
建築家の中村好文さんが真狩村のパン職人と、パン工房の完成までにかわした往復書簡。
それぞれのこだわりが時にぶつかりながらも人間関係が築かれていくのがいい(草階さん)
『集いの建築、円いの空間』 出版社: TOTO出版(2017-05-24)
中村好文さんが手がけた建物の写真を多数掲載。真狩のパン工房も(草階さん)



 『パン屋の手紙』は萩原さんも移住前に読んでおり、「このパン屋さんも、ニセコで出会った生産者の方々もそうですが、北海道って、自分で作りたいものを自分で作っている人たちが多くて衝撃を受けました。私は会社から与えられたミッションがないと何もできない。みんなカッコイイ」と、自由に好きなものを追求する姿に惹かれたことを説明。その影響は、現在まず住宅に反映しているようで、中古の一軒家を「自分たちの好きな空間に」とリノベート中。地元建築家との対話の中で「どんなふうに生きたいか、を言語化しています」。ゆくゆくは「おなかがすくような本」を集めたカフェ的な展開も考えているとの話の流れから、「私はおなかが空いてる状態が好きです。いっぱいだと何も考えられないけど、すいていると次々にやりたいことが浮かんでくる」と含蓄のある言葉を語ってくれました。

次いで、「Pocco」商品化にあたり、食材へのこだわりや、未知のブランディングについて学ぶために、以下の本を参照。

『スープで、いきます 商社マンがSoup Stock Tokyoを作る』 出版社: 新潮社(2006-02-23)
『ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済~』 出版社: 大和書房(2015-03-21)
『岩田さん  岩田聡はこんなことを話していた。』 出版社: 株式会社ほぼ日(2019-07-30)
『「ついやってしまう」体験のつくりかた 人を動かす「直感・驚き・物語」のしくみ』 出版社: ダイヤモンド社(2019-08-08)

 特に『スープで〜』は、大好きな「Soup Stock Tokyo」創設者の遠山正道さんが、商社マンからどう起業し、周囲の反対をどう乗り越えたのかを学びたくて、また『岩田さん』は、自分がお客さまにどんな体験をして欲しいのかを考えたとき、ニンテンドーに学ぼうと思い、読んだのだそう。結果は、「実践的に何かというより、やりたいことを恐れずにやったらいい、という勇気をもらいました」。
 さらに、「食品開発をするにあたって知識がないと生産者や食品加工場の人と話せないと思って」、『日本食品成分表2018』、『北海道産食材ハンドブック』をはじめ、成分や栄養学に関する本も読みました。

草階さんは以下の3冊を紹介。



『食のつくりびと 北海道でおいしいものをつくる20人の生産者 』 出版社: 無双舎(2011-05-27)
北海道の20人が、どんなものをどんなこだわりで作っているかを紹介。苦労して作っている現状をリアルに感じられます(草階さん)
『Higashikawa Style』 出版社: 産学社(2016-03-31)
 道内各地から東川町に移住してきた人たちが、あえて東川というマチを選びビジネスを展開しているのが面白い(草階さん)
『ブルーチーズドリーマー 世界一のチーズをつくる。』 出版社: エイチエス(2019-07-03)
 北海道初のブルーチーズづくりに成功した伊勢昇平さんの実録。
いまや高級店やファーストクラスの機内食にも用いられる「江丹別の青」。フランスに武者始業に行く話が面白い(草階さん)

「読んだことは自分を構成する要素になり、自信になる」(萩原さん)、「本は人っぽい。会った印象や影響がずっと残る」(淺野さん)



 ここで淺野さんが、影響を受けた本が本棚にあると、「知り合った人が見守ってくれているような気になる」と、本好きなら「あるある!」と思える感覚をコメント。萩原さんも会場も頷きます。今まで読んだ本から得たものをふまえ、萩原さんは「商品は味や値段だけでなく、どういうふうにこの商品と出会って、出会ったときどうときめいたかも大事。出会って、買って、届いて、食べて、もう一回欲しいと思う、その間ずっとお客さまとつながっているわけです。Poccoの存在が、それがある生活全体を良くできるようにならないといけないなと思い始めました」と語り、それを受けて淺野さんが、web注文の際の登録やログインの煩雑さを指摘。アプリ化を勧めると萩原さんはそれに同意し、実は今アプリやデザインの基礎などに関する本も読み込んでいることを語りました。

『はじめてのUIデザイン』 出版社: PEAKS(2019)
『ノンデザイナーズ・デザインブック』 出版社: マイナビ出版(2016-06-30)
『和菓子デザイン』 出版社: ポプラ社(2011-04-21)
『考えの整頓』 出版社: 暮しの手帖社(2011-11-01)

 「簡単にすることや、見た目に分かりやすい説明・デザインなどを心がけ、売り方が親切でないと、お客さまは離れてしまう」と、商品以外のことにも気を配る大切さを学んでいる萩原さん。「考えの整頓」にふれ、「ピタゴラスイッチなどを手がけている人の本で、人がワクワクするためには"なんか素敵" だけでなく、その感情の背景を深く掘り下げることが大切だと強く感じました。どういう流れがあってそれをどうつなげたら、人のワクワクにつながるのか。私は感覚の人なので、それだけでは商品を作る上でだめだなと」。



 そんな萩原さんに草階さんは、「そもそも○○って何?」から始まる広告代理店クリエイティブの仕事例をまとめた『そもそもをデザインする』と元・有名雑誌編集者による自由な発想をロジックにまとめあげる手法を紹介した『THINK EDIT』をお薦め。次いで、かき氷の有名店を紹介した『ひみつ堂のヒミツ』と多様な書籍から発想を得てボードゲームを制作している人物が綴る『戦略と情熱で仕事をつくる』を紹介。萩原さんのビジネスの参考になればと、今日までいろいろな本を探したことを語りました。


 セッションのラストは、萩原さんが「やったことがないからと言い訳にせず、作りたいものを作っていきたい」と語り、本がその時々に寄り添ってくれたこと、「全部を覚えているわけではないけれど、読んだことは自信になっています。私を構成してくれるものに確かになっている」と結びました。最後に淺野さんが、「本は、人っぽい。1日しか会ったことがなくても、その印象や影響がずっと残ったりする。皆さんが、本が読みたくなったな、本っていいものだな、と思ってもらえたら嬉しいです」と締めくくりました。
 
執筆:重田サキネ

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